30年ぶりに確認する「刷り込み」 ■売れる力とは?

2024/05/2522:18293人が見ました

初めての会社の「先輩」K

 

 

私が新卒で就職した会社は、ベビー・子供服を手がけるアパレル企業でした。その時の先輩K氏と久しぶりに会いました。妻と一緒に3人で食事をしたのです。当時は妻も同じ会社でしたから、近況と昔話で盛り上がりました。

 

私はその会社を退職してから30年以上になりますので、その方ともかれこれ30年ぶりぐらいではないでしょうか。アパレル企業でいっしょに働いていた頃、K氏とはそれぞれ違ったブランドが担当でした。どちらもカジュアルブランドで販路も専門店+百貨店という点で共通していて、年間5回の展示会も同じスケジュールで動いていました。

 

K氏はデザイナー、私はMD(マーチャンダイザー)という役割でした。デザイナーは洋服とそれに合わせた靴や帽子、バッグやソックスなどの小物のデザイン全般、MDはシーズン毎のアイテム構成やサイズ・色展開、原価・販売価格の決定、資材・サンプル製作の手配など雑用全般を担う役割でした。特にサンプル製作の手配は毎シーズン数百型とおびただしい数に上り、反物から生地をカットして型紙といっしょに箱詰め出荷する作業は重労働でした。MDの仕事は、名目上は「企画担当者」ですが、実質は「サンプル手配係」でした。

 

各ブランド毎に企画チームはMD(1名)+デザイナー(1〜3名)という構成になっていました。ベビー・子供服のデザイナーはほとんど女性だった中でK氏は男性で、当時では珍しい存在でした。しかし、彼にとってそれは災いの元でした。

 

K氏のブランド担当のMDはベテランの管理職兼MDH課長でした。K氏が男性であるのをいいことに、サンプル製作の手配のかなりの部分をK氏にさせていたのです。H課長も定時頃まではサンプル製作の手配の仕事もされていましたが、準備が遅くなる分についてはK氏に丸投げして飲みに行ってしまうのでした。

 

変わって私のほうは新人MDなのにデザイナーが3名もいる大所帯でした。それだけ売上目標や企画型数が多いブランドだったという事です。デザイナー3名分のサンプル製作手配はすごい量で、毎日型紙や布地を仕分けして箱詰めする作業だけで夜中までかかっていました。小さいブランド3つ分あるのです。その上、毎シーズン3人がかりでもデザインしきれず企画型数が揃わないので、足りない商品を私がデザインするしかない状態が続いていました。

 

K氏はデザイナーでありながらも雑務領域(MDの仕事)をカバー、私はMDでありながらもクリエイティブ領域(デザイナーの仕事)をカバーしなくてはなりませんでしたので、毎晩のように遅くまで会社に残って作業していました。お互い「無茶振られ仲間」だった訳です。本来の自分の役割を終えても毎日のようにもうひとつの役割が待っていますので、夕方から飲みに行くことなど出来ませんでした。

 

 

H課長らベテラン社員が飲みに集っていた本社隣の喫茶店(現在もマスターがんばっています)

 

 

 

余裕で35年続く「刷り込み」

 

 

その日は、会社があったなつかしい最寄り駅近くの広東料理のお店で待ち合わせました。私は4年半勤めてアパレル関係の仕事から離れてしまいましたが、K氏はこれまでずっとアパレルデザイナーを貫いていました。自らの会社を立ち上げ経営するかたわら、ベビー・子供服のプリント図案などに使用されるキャラクターデザインを大企業の嘱託というポジションでも手がけられていました。

 

K氏はもう還暦ですが、会うなり「K氏節」全開でした。3分おきに笑いを「かましてくる」感じが、さすが「大阪人」です。そういう一言一言が、冗談のようで本質をついている気がしました。その一部ご紹介します。(以下、〜誰への発言か?〜K氏語録」→解説 の順)

 

 

〜私に〜

 

「カロリーオフは損、ハイカロリーが得やで。動物はみんなエネルギー補給のために食べるねんで。」

 

K氏は食べてもぜんぜん太らない。割高なカロリーオフ食品を買って食べるなど、煩悩を満たすだけの行為には賛成できない。動物としてやっていることがおかしいという意見。

 

「甘いもん食べて太るのは頭つこてへんねん。もっと使わなあかん。」

 

→ちゃんと頭を使って考え続けていたら、甘いもの食べても太ったりしない。大人になったらみんな脳みそ使わないで生きる術を獲得し過ぎて太ってしまう、というのがK氏の見解。

 

「今死んで悔しいことある?俺ないなー。ぜんぜん。」

 

→「ガッツリ稼げた時は目一杯つこたった。家族を地球上のいろんな場所に連れて行ったった」もう、物欲は何にもないとのことであった。立派な人生である。

 

 

〜仕事中のようす〜

 

「これ、出来たら喜ぶやろなぁ。あいつ(クライアントの担当者)」
「これ、こうてもろたら嬉しいやろなぁ。チビたち(最終消費者である子供たち)」
「そう思ってニヤニヤしながら仕事してんねん。1日中ニヤニヤしてる。 毎日」

 

→そういえば、30年前にもK氏は毎晩ニヤニヤしながらサンプル手配の準備をしていた。(おそらく私はむくれ面をしていたはずである)K氏の作るプリントデザインには必ず ”愛称” がつけられていたのを思い出した。

 

 

〜嘱託勤務の会社担当者に〜

 

「嘱託やからいつ切られるかわからへんもんな?アハアハアハ。俺はいつやめてもええで。でも今やめたら、お前えらいことなるやろ?ほんまに大丈夫か?アハアハアハ。困るやろー?やっぱり。アハアハアハ」

 

→こんな意地悪なことを言いながらも、頼まれた以上のことをするのがK氏である。「嘱託」とは言え、そのような人を会社が手放せるはずがない。そう思った。

 

 

〜うちの妻に〜

 

「子供2人育てたらもうなんもせんでええ。人をつくるのは神様の仕事や。神様も2人(アダムとイブ)しかつくってへんねん」

 

→瀬戸内寂聴さん男版とも言える、ありがたい「お言葉」。妻がうっとり頷いていたのは言うまでもありません。

 

 

〜わが息子に〜

 

「好きな事やから絶対やめへんし負けたくないんや。そやろ? 時間かかってもかまへん。自分の好きな事やり」

 

→子育て中、K氏ゆずりの個性派の長男には奥さまも手に負えず、K氏が全面的に担当であったそうである。それだからこそ言える、愛ある言葉である。

 

 

〜わが息子について〜

 

「うちの子『特殊車両※』やねん。そやけどな。えらいことになっとる今は。ようがんばりよった。

 

→※『特殊車両』とは独自すぎる指向を持つマイノリティのことで、K氏独特の表現。一般的な学校教育や企業文化に馴染めないが、何らかの「必殺技」を持っている人。K氏も立派な「特殊車両」である。超『特殊車両』であった長男は、いまでは業界で世界的に名を馳せる大人物になっている。感動。

 

 

K氏は一言話すたびに「アハアハアハ」と笑うのですが、一部をのぞき割愛しました。お酒は一滴も飲まれませんが、相変わらず面白いことを言う人です。新入社員の頃、ふてくされて残業する私に「自分たちの作ったもので喜ぶ人のためにがんばる」精神を見せてくれたのがK氏でした。当時もいつも「アハアハアハ」と笑いながら徹夜する様は、常人にはないものを感じていました。良き「刷り込み※」をしていただいたものです。その「刷り込み」がなければ、私のほうは今のようにはなっていなかったはずです。

 

※「刷り込み」(imprinting)とは、動物の生活史のある時期に特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象の一種。刻印づけ、あるいそのままインプリンティングとも呼ばれる。

 

 

↑上機嫌で帰路につくK氏と私

 

 

 

社長が意識すべき「役割」とは

 

 

K氏は大阪ミナミ界隈の若者とも親交が多いそうです。目に留まった子には、なんとなく声をかけるそうです。氏いわく「最近の子は人間同士の直のコンタクトが極端に少ないから、ネットで失敗したらまさに孤独や。変なあきらめ方しとる子が多い。でも、ブラブラしてても実はええもん持った子がいっぱいおる」

 

K氏や私たちは、若い頃が現代と比べると未だ情報の少ない世の中であった事で、何かを信じてがんばれた世代なのかもしれません。K氏との再会は、さしずめ「プロフェッショナル仕事の流儀」の収録のようでした。若い頃の自身の体験も重なり「人が初めて仕事に出会う時、その人に何が必要か?」改めて考える機会となりました。

 

 

 

社長の会社では今年度新入社員は入りましたか?自社で役に立ってもらうだけでなく、その人の人生で生き続ける体験をさせてあげたいものです。

   

 

 

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