日本人の「庭」観(江戸編1) ■土地みたて

2023/05/2721:28200人が見ました

江戸の園芸熱

 

今から200年ほど前の江戸時代後期。江戸の町では、園芸が空前の大ブームとなりました。将軍や大名などのセレブのみならず、庶民もこぞって植木鉢で草花を育てて庭先や室内を彩っていました。

 

ご存知のとおり徳川の時代は264年もの間、比較的安定した世が続きました。江戸時代の初代~3代将軍、徳川家康・家忠・家光は大の花好きであったそうで、参勤交代などでも江戸に沢山の珍しい草花が全国から集まってくるようになりました。

 

その時代の江戸は、面積の60%が武家屋敷と寺社、25%が農地、残りの15%が町家であったそうです。そのわずか15%に60万人もの庶民が暮らしていました。町屋には地方からやってきた者が特定の地域に密集していたわけですから武家のような広い庭などはなく、鉢植えなどの小さな植物が庶民の癒しとなっていたのです。天下泰平の徳川の時代はそう言えるほど、先の心配がない雰囲気だったとも考えられます。

 

一説によると当時の江戸に住む人々の月収は、現在の価値にして20万円程になっていたそうです。世も安定しお金も多少余裕はあることから、江戸っ子は「宵越しの金は持たねえ」などと言われたのでしょう。古典落語では、はなしの中にそんな当時の江戸の「仕事とお金との関係」「隣どうし助け合う暮らし」が語り継がれているそうです。

 

しかし、江戸時代も後半になると物価が上がり武士は困窮していきます。多くの武士が内職として「斑入」(ふいり)「葉変わり」(異形葉)などの珍しい植木や花の栽培に精を出し、稼いでいたようです。ここにきて「副業解禁」の現代にも通じる、世の中の「雰囲気」が感じられます。

 

ちなみに、一部の「変わり種」は現代の価値になおすと、1鉢で数千万~1億円という高額でやり取りされていたそうです。驚きです。現代でもそういった「レア植物」はありますが、江戸時代と現代には、なんとなく平和な時代共通の「時代感覚」があるようにも思えます。

 

 

↑「斑入」(ふいり)のアイビー

 

 

 

 

1,000万都市の庭

 

現在の東京都市圏は世界一のメガシティです。2014年には3780万人もの人口が集中していました。2100年には713万人にまで減少するという推計もあります。江戸時代はというと、享保期(1716〜1736年)頃には100万人を超えたと言われています。もし、推計どおりに人口が減少したとしても、大きな都市であることには変わりは無いようです。

 

最近の東京の景色から、「江戸っ子」由来が感じられる風景を紹介します。

 

 

■「鉢植え」編

 

穴あきブロックを積み上げた手すりは、今の新築では見られなくなった仕様です。何度も塗り重ねられた白が緑を際立てています。小さな鉢植えばかりですが、光と風が適度に入るこの場所は生育がいいのかもしれません。

 

↑古いアパートの廊下(意外に風と光が入ります)

 

 

住宅密集地の戸建を改装したお店の中、窓の外の花台になっている板に格子を取り付けてありました。隣接しているマンションはかなり近いですが、格子と鉢植えのおかげで、その窓際がとっても座りたい場所になっていました。

 

↑古い戸建の窓際(庭と言って差し支えないです)

 

 

■「借景の木」編

 

古い木造戸建を全面改装した店舗に入ってみたら、2階に素晴らしい場所がありました。建物と同じか、それ以上の樹齢の木が大きな窓一面に絵画のように迎えてくれるのでした。ルソーの絵のような生命力に、しばらくは部屋の中の展示品が目に入ってきませんでした。

 

↑木造戸建を改装した店舗(窓の外の木が財産です)

 

 

都心にあるRC建物の2階にあるリニューアル店舗では、バルコニーカウンターでスタンディングで飲食できるようになっていました。スタンディングなのに一番人気のようでした。大きく育った街路樹を囲む半屋外は多くの人が望む居心地を持つようです。

 

RC建物を改装した店舗(街路樹を囲む生活があります)

 

 

 

TOKYOの緑

 

さらに、通りがかりの風景の中で感じられる、いまどきの東京の「庭」選を紹介します。

 

 

■街の緑(住宅系)編

 

菱形のワイヤーがサイディングの目地を消しています。そこに蔓がうれしそうに這い上がっていきます。これなら外壁を傷めることもなさそうです。

 

↑狭小戸建住宅の「庭」

 

 

僅かな奥行きに対して高さのある擁壁や塀を自然にカモフラージュしています。本来、殺風景であるはずの外観に、明るい緑と濃いめの緑の使い分けが計算されています。

 

↑高低差のある戸建住宅の「庭」

 

 

■街の緑(店舗系)編

 

角松のように大きなポットが置かれていて短いアプローチと、厳かな「構え」ができています。重いので管理用にキャスター付き台の上に鎮座しています。街路樹の葉陰も素敵な構成要素です。

 

↑広めの道路に面するテナント店舗の「庭」

 

 

ハンギングとコンクリート平板を使った、管理のしやすい「庭」です。滝のように下がった葉が地面と繋がっていて、一瞬木が生えているようにも見えたりします。

 

↑狭めの道路に面するテナント店舗の「庭」

 

 

窓の下の腰壁部分にひな壇状にプランターがいっぱいです。オープンしたばかりなのでしょうか。室内にも花や植物が飾ってあります。こういう場所にお巡りさんが座っているのはいい感じです。

 

↑江戸っ子らしい新興住宅地の「KOBAN

 

 

■街の緑(マンション系)編

 

マンションの共用部分であるエントランスや外部にも「庭」的な性格のスペースがよく見られます。販売パンフレットにも真っ赤に紅葉している景色なんかがCGで描かれていたりします。特に大規模なプロジェクトやタワーマンションでは、公園のような共用部分が売りになっているようです。

 

↑大規模マンションで見られる自然なテイストの「庭」(管理人さんは大変かもしれません)

 

 

スペースが限られている中規模マンションでは、低木を活かしたものが見られます。新しい物件ではバルコニーの奥行きが増していて、それぞれの住戸のバルコニーに大きめの鉢植えが目立つようになりました。近隣マンション住戸からの視線の制御にもなっているはずです。

 

↑中規模マンションで見られる道路沿いの「庭」

 

 

最近のマンション物件では造園業者さんの表現手法も変わってきている気がします。植え込みに色とりどりの寄せ植えがされている物件が多く見られます。これは、個人的に思ったことですが、CGの描写力向上にともなってのことのような気がします。販売用CGでこのような表現をよく見かけるからです。「映え」を意識すると言いますか、CG表現に寄せていくとこういう感じになってくるのではないでしょうか。

 

↑最近のマンションで見られるカラフルな寄せ植え

 

 

 

江戸時代の園芸文化を知ってみると、現代のTOKYOの街中の「庭」には脈々と通じるものも見受けられます。しかし、その大半は高級物件です。江戸の町では庶民にまで園芸熱が行き渡っていたとのこと。江戸っ子の粋を忘れずにいたいものです。

 

 

 日本人の「庭」観(江戸編2) につづく

 

 

 


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