5月27日に長野県・松本で工務店のネットワークLOCASによるセミナー「LOCASミーティング」が開催され、建築家の谷尻誠さん、お笑い芸人・西野亮廣さんたちが登壇。約150社の住宅会社が集まった。内容を一部抜粋してお伝えする。
谷尻誠さん(Suppose Design Office 代表)
Profile
SUPPOSE DESIGN OFFICE 代表取締役。数々の住宅の設計だけでなく幅広く空間をプロデュース。「Onomichi U2」、「草叢(くさむら)BOOKS」、「hotel koe tokyo」など
「関わってきたプロジェクトについて〈1〉」
これはニューヨークで住宅を建てたいと依頼されて提案したものです。
クライアントの方からは、「予算は必要なだけ用意します」と。「今までの住宅の概念を越えた、新しい建築像を描いて欲しい。とにかく大胆な提案をしてほしい」と言われました。
なにぶん僕も若い頃で、当時はそのようなプロジェクトに出会えることが中々なかったので、非常に意気込んで提案したんですね。
敷地に大きな岩がばらまかれて、そこにふわりと屋根がかかり、岩と岩の間がリビングになっていたり、浴室になっていたりというような、曖昧に区切られた場所を作りながら、建物なのか風景なのか分からないような空間を提案しました。
さきほど間の概念という話をしましたが、誰が見ても「建物だ」となるのではなく、建築することが風景を作ることにつながるようなものをつくろうというねらいでした。
言葉を細分化する
するとクライアントから一言目に「大胆すぎる」と言われて。「大胆な提案をしてくれ」と依頼されて、大胆な提案をしたら残念なことになったというなんとも情けないストーリーなんですが。
その頃の僕は大胆という言葉を細分化するということを忘れて、ただ単に自分の思う大胆さで提案して、プロジェクトがダメになってしまった苦い経験になっています。
つまり、「言葉の中には多様な意味がある」ということを、このプロジェクトによって知って、かなりあらゆることを細分化することから、プロジェクトをスタートすることをここから学びました。
宮島の展望台での挑戦
これは広島県の宮島で、世界遺産に指定されている厳島神社の山の上に、展望台をつくる広島県からのプロポーザルがあった際のプロジェクトです。5人の建築家が呼ばれて、提案する機会がありました。
で、さっそく現地に敷地調査に行って、ふと思ったのは「もう展望できてるな」ということ。「もう展望ができているところに県が展望台をつくる」という素晴らしいプロジェクトなんですけど、もしかして展望台は要らないんじゃないか?と思ったんですね。
しかし「要らない」ということを行政にプレゼンテーションで提案しても勝てませんから、どうつくるべきかをずーっと考えていました。要項の中には、和風の展望台を作りなさいとある。宮島の町が古い建物で出来ているので、風景に調和するようにつくることも要項の中にはしっかりと書かれていました。
ただ僕はいつまでも、すでに展望のできているところに展望台をつくることに疑問を抱いていて、本当に展望台をつくる必要があるのかがずっと引っ掛かっていた時に、小学生のような発想ですけど、透明な展望台があればいいなと。「なくてもいいのでは?」という僕の発想と、「つくってください」という行政との意見が同時に溶けるようなものになるのではないか。まさに間の概念がそこにあるのではないか、と思ったんですね。
言葉の概念を建築に落とし込む
で、ガラスとアクリルで提案しようと最初は考えたんですけど、ただそれだと構造的な問題を解決するのにお金も時間もかかって現実的ではないぞと。それで、まずは「透明とは何だろう」というところから考えることにしました。
例えば透明感のあるきれいな川だと我々は「透明だな」と会話にするわけなんですけど、そこに透明な水がなかったらそういう会話にならない。川に水のない状態はただの丘になってしまうんですね。つまり、透明というのは「ない」ということではなく、「透き通っているコンディション」のことを我々は透明と呼んでいるんだと理解できました。
そこで提案したのは、歩いて近づいていくと輪郭が浮かび上がり、もっとそばに行くと柱や梁がちゃんとあるような造りになっている展望台です。構造としては主にコールテン鋼材を折り曲げて、柱の役割を果たすようになっている。
人間の目というのはピントが合う場所と合わない場所がありますから、(展望台から)遠くに離れると風景が顕在化し、近づいていくと展望台が現れる。ぼんやりとした、現象のような展望台を提案しました。
結果的にはばっちり負けまして、選ばれたものは和風の展望台だったんですけど、ここで皆さんにお伝えするべきことは要項に書いてあることはちゃんと守りなさいということです(笑)。性格がちょっと曲がっているところがありますので、ルールを守らないと選ばれないという当たり前のことなんですけど、そういうことをコンペに負けながら学んでいます。
「関わってきたプロジェクトについて<2>」につづく