退化する現代の『台所』とそのルーツ
自宅の古い本を整理していました。その時代その時代の新しい住宅の写真が掲載された資料です。中にはずいぶん古いものもあって、ついつい開いて見てしまいます。古いといっても30〜40年程度ですが、新しいものと見比べていると、日本の住空間は地域性や個性を失い画一化している気がします。
そして特に気になったのは、台所への「こだわり」のようなものまで「退化」してきたように思える事です。長い間あたらしく住まいを設ける際のお手伝いをしてきて、多くの家庭で台所へのこだわりは「最後の砦」であるかのような場面が多くありました。その家それぞれの「食べることの作法」みたいなものがあったのです。
しかし、最近になればなるほどそういった「雰囲気」を感じるものが減りつつあるのです。専業主婦家庭はいまや少数派であり、女性の社会進出・共働き家庭が標準になってきた影響もあるのかもしれません。台所に立つのも夫婦ともに同様の頻度になり、台所に対する嗜好も平均化されているのかもしれません。
振り返ってみれば「台所の進化」は太古の時代からの「火の使い方の進化」とも言えます。ある研究者が地球上の広範囲の台所のルーツに繋がる資料を収集したところ、地球の赤道と北極の中間(北緯40度前後、日本では秋田県あたり)で火の文化が二分されていたそうです。
北緯40度あたりから北方は季節による昼夜の差が大きくなります。寒くて暗い冬を凌ぐには灯りと暖房の両方が必要です。大きな火を囲み、暖をとりながら調理もするというスタイルが基本になりました。大きな住居でも納屋や畜舎を除く住まい部分は一室同然で、火の勢いを妨げないよう鍋を高いところから吊るし、火加減は鍋と火の距離を変えて調節していました。キャンプの焚き火の要領です。
そういう成り立ちから、北の国の台所は単なる調理場ではなく家族の空間なのです。キッチン(Kitchen)は元来「火を使うところ」を表す言葉で、ヨーロッパのダイニングルームはディナーをとる部屋だったのだそうです。主に大人の交際に使われるかしこまった場所であり、そこには子供は加わらないのが普通でした。
古くから狩猟民族が住んでいた北の国では、食べ物が得られたときはまず保存食(ハム・ソーセージ・チーズ・ジャム・ビン詰め野菜など)に加工し、余った部分から日常の食事にまわす習慣ができました。1日2食は火を使わない食事(コールドミール)で、多くの地域では昼食のみ火を使った温かい食事を作ってテーブルを囲んだのだそうです。現在でもコールドミールの習慣は広く残されています。
南の地域では年間を通じて気温・昼夜の差は少なくなります。冬季の暖房も部分的な使用で間に合うので、火は調理の際にだけ使うスタイルになります。また、熱が効率よく伝わるように台の上で小さな火を焚きました。高温多湿の南の地域では食料は豊富ですが食べ物の傷みも早いので、食べる直前に調理する習慣になっていきます。
南の地域では調理のために火を焚くところが台所であり、くつろぐ場所とは別に屋外や別棟として発達してきました。北の地域は火の場所中心ですが、南の地域、特に日本では水を使う流しのほうが中心になってきました。油を使う揚げものや炒めものは、小さな火で都度食事を作る南の地域で発展してきた調理方法です。
つまり、北の国の「キッチン」は家族の場ですが、南の国の「台所」は作業場の正確が強かったのです。保存食中心であったヨーロッパ地域に対して、四季の食材が豊富である日本では季節ごとに料理や食器の組合せも多様に発展してきました。それ故に、世界の人から特別に評価され「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。日本の家庭の食器棚が片付かないのも、そう考えるとやむを得ないのかもしれません。
↑システムキッチンよりも、このような台所の時代のほうが長かったのですね
↑「台所」が「Kitchen」になった頃のもの
「Kitchen」輸入の前後
日本の「台所」が「Kitchen」になったのはいつの事だったのでしょうか。そのきっかけは、やはり戦後の日本住宅公団の新しい集合住宅団地の住戸モデルの打ち出しだったようです。公団はその住戸バリエーションのタイプを2DKとか3DKといったnDK(n=個室の数)という表記で表すようになりました。これは後にnLDKとなって現在でも住宅の間取りタイプを表す主流です。
この頃から「台所」はDではなく「Kitchen」のKになったというのが有力な説です。先に述べたように日本では、主食の米は各家庭の台所で原材料から都度調理します。いっぽう西欧北国型の都市部の「キッチン」では簡単な料理が中心です。主食材のパンはベーカリー(パン屋)で焼いていますし、畜産品はほとんどが保存加工品を買ってきます。生鮮食品を初めから調理する比率が少ないのです。
日本では、季節の新鮮な食材の行き来や下ごしらえが頻繁なので、「台所」は開放的で外と繋がった形態で発展してきたのですが、「Kitchen」になってから異文化と混ざりあったのです。そして、産業構造の変化と人口の増加・集中によって新しく効率的な住宅が量産される中で今日に至っているのです。
西欧の「Kitchen」が日本に紹介され始めた頃、大きな調理机(パスタなど小麦粉をこねる粉台)も備えられていました。しかし、狭い集合住宅には導入しにくい面もあり、I型のセットキッチン→システムキッチンが定番となっていきました。当時は、まだまだ専業主婦が圧倒的主流の時代でしたが、早くも泥付き野菜やまるごとの魚などの下ごしらえには不向きのスタイルになっていた訳です。当時の主婦は、調理の度にさぞかし苦労したことでしょう。保存食加工品中心の食生活は、新しい住宅の台所が先行する形で拡がっていったのです。
それまでの日本の台所がバラバラ配置でだだっ広かったのは、一度に大量の保存食加工をするためでもあります。漬物をつけるのにまる1日かかっても、それで1ヶ月は食べることができました。味噌づくりに3日3晩かかったとしても、それを3年食べれた訳です。工業化を進め先進国の仲間入りを目指す日本の社会の中で食事を作る場所は、1年の計で能率を求める「台所」から、その日の都度の能率を求める「Kitchen」へ変革されていきました。
そういう背景から、現在のキッチンの原型ができあがっていったのです。「食べる」ということには極力労力を割かず、家の外で働いて現金収入を最大化するためのスタイルです。現代のキッチンは、言わば勤労家族のためのキッチンなのです。
↑はたしてキッチンは進化しているのでしょうか?
あたらしい『台所』観
ある著名な料理家は、意外にも小さくて狭い普通のキッチンで料理をしておられるそうです。なぜかというと「私は家庭料理を作っている以上は、日本の狭いキッチンで生み出すしかないんです。私が広いキッチンを持ってしまうと、今の日本の家庭料理の現状に合わなくなってくるんです」との談です。立派なプロ意識の現れですが、何やらさみしい気もします。
日本最大のレシピサービス「クックパッド」は、世界中のキッチンを使いやすくしたいと考え、「楽しいキッチンスコア」という独自の評価基準を作りました。そして、そのキッチンスコアという尺度を用いてキッチンを評価した賃貸物件検索サイトを立ち上げました。
賃貸物件で生活しないといけないけど、ちゃんと毎日家でご飯を作って食べたい人はたくさんいるはずです。しかし、賃貸物件にそのようなものはあまり存在しませんし、そういう探し方は不動産屋さんも対応してくれません。「楽しいキッチンスコア」の考え方は、大変共感できました。
しかし、その賃貸物件検索サイトを見てみると???という感じもあります。というのも肝心のスコアの根拠がブラックボックスになっていて公開されていません。一見すると「独断と偏見」でのスコアのようにも見え、忖度がないとも言えません。
「楽しいキッチンスコア」は準備段階で、各キッチンメーカーのカタログを調査し、収納や作業台の広さ、設備のスペック、食洗機の有無などをスコア化していったそうです。賃貸物件のキッチンを評価するための指標ですから、今後のキッチンの理想形へは残念ながら繋がらなさそうです。
致命的なのは、既に極端なまでに画一化、産業化し過ぎてしまっている日本の現状(しかも賃貸住宅)に対して調査して捉えた指標であることです。持ち家も含め、日本の理想のキッチンに向かえる指標に成長するよう願っていたのですが、2023年4月をもってサービスが終了してしまいました。
「需給ギャップ」が「商機」を産む
意外と外国人のキッチンは、先進国においても一生懸命自分でカスタマイズしています。使う人や作る料理に応じて、つくり込んでいるのです。多様なルーツの市民が存在するという事情もあるのかもしれません。
日本の場合、戦後の復興や単一民族であること、メーカーによる供給の寡占化といった事情も手伝って極端に画一化しすぎているようです。季節・食材・料理・食器が多様なのにもかかわらずです。日本通の外国人からは、このことについて「どうしてなのか???」とよく尋ねられます。歴史と現在が合わない民族が、大変奇妙に見えるのだそうです。
社長の会社ではシステムキッチンをお使いですか?メーカーのカタログは分厚いですが「選択肢の設定そのものが違っている」と思われたことはありませんか?
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