『勝手口』で思い出す『経営者の分水嶺』                              ■しくじり先生

2021/07/3121:431261人が見ました

ハードルの高い「敷地測量」

 

工務店に勤めていた当時、敷地測量はもうひとりの相方を頼んで自分たちで行うのがスタンダードでした。そして、プラン打合せには社長が必ず出向き、その敷地に立ち寄ってからお客様宅にてとり行うのが基本形。 たいていは、敷地測量した内容は数日前に図面化して数枚コピーしておくところまで済ませておくのが通例でした。

 

諸事情によりプラン打合せの前日に現地の測量を行い、夜に敷地図にしていくというギリギリのときもありました。当時、自宅には大阪時代の会社から格安で譲ってもらったA2用紙の青焼きコピー機という秘密兵器がありました。おかげで、帰宅してから翌日のプラン打合せ当日の朝までにギリギリ仕上げるといった綱渡り的な場合でも、何くわぬ顔で対応できていました。

 

それは入社して間もない頃の、あるお客様のプラン打合せの際のことです。

 

例によって、諸々の事情で予定の敷地はプラン打合せ前日の測量となってしまいました。

実は毎度もうひとつの大きなハードルがありました。そのハードルは独特の作法で、何が大変だったかというと、隣接建物の位置・開口部なども測って敷地図に入れておかないといけない事でした。このことで、測量作業も作図作業もどちらも格段に手間がかかる訳です。

 

その場所に到着すると庭木や倉庫で見通しが悪く隣近所は家だらけという、いかにも時間のかかりそうな現場でした。 その頃の季節は確か寒い時期で、暗くなるのが早いので大変焦って作業していました。

 

こういう隣家の多い敷地測量「あるある」なのですが、焦って測っている現場にかぎって色々なことが発生するものです。道ゆく人から次々と声をかけられたり、隣家の方が出てこられたりして「この土地売れたんですか?何が建つんですか?」といった問いかけに始まり、ご近所のうわさばなしに花が咲いたりして、どんどん陽が傾いていくのです。

 

隣家の住人とのコミュニケーションはこの場所での生活上貴重な情報源であり、自ら現地に出向く価値のひとつなのですが、いかんせん翌日にプラン打合せを控える担当者としては時間との戦いにきびしさを増してしまうのです。

 

 

『しくじり』はすぐバレる

 

本来はそういったことを想定しつつ、冬場は特に早い時期からスタートしなくてはなりません。

 

その後日没まで休憩なしでがんばって、なんとか測量を終えて事務所へ帰ります。早速記録した内容を敷地図にまとめるのですが、バタバタした日にはここで初めて様々な抜けに気づくのです。このときは、お隣の奥さまと話し込んでいるうちに暗くなって来るのが気になってしまい、別の家の勝手口の位置を測り忘れてしまいました。

 

大きな窓はもれなく測ったので「まあいいっか」と敷地図には写真判定によりアバウトで勝手口を描き込んで次の日を迎えました。

 

 

 

当時の敷地図(右側が建築予定地)勝手口はもとより隣接建物の外壁・窓なども描かれています

 

 

プラン打合せの当日、お客様宅の小さくて丸いちゃぶ台に敷地図を広げて数時間いろいろな話をしつつ、ようやく社長がゾーニングを始めたその時でした。

 

 

社長「勝手口がここにあったけ?」とひと言

 

 

   ドキッ!

 

 

 私 「*+@#&$%」と要領を得ない受けごたえ

 

 

社長 「もう少しこっちだったよね。」太くて濃いシャープペンシルで敷地図に描き込む。

 

 

 私 「あー。そうだった、かもです」「すみません」

 

 

   というような事がありました。

 

 

あれだけ何時間もかけて測量したのに

 

社長がその土地を見ていたのはお客様宅に遅刻しそうだったこともあって、ほんの2〜3分でした。なぜ、社長は2〜3分しか見ていないのに私がアバウトでごまかした勝手口を見破れたのでしょう?

 

この謎の答えは後から徐々に理解していったのです。 必ずしも窓の大小ではなく、気配の強さといいますか「見られたくない」「見たくない」度合いと言いますか、その隣家の勝手口は大きさの割にプラン上、住まい手としてすごく気になる要素であったのです。

 

また、驚いたことに社長はその土地を見ていた2〜3分の間に既にあらかたの住まいのゾーニングを決めていました。だからこそ、その住まいの居心地の障害となり得る要素が瞬時に分かるのです。

 

まさに達人です。

 

 

『勝手口』で思い出す『経営者の基準』の凄み

 

当時の私は、測量を作業としてとらえていました。

その行為における目的意識やその後の活用イメージは完全に薄かったと言えます。「毎度毎度めんどうやなあ」「ここで建てるかどうか決まった訳でもないのに、そこまでしなくても」と囁くもうひとりの自分が、確かにいつも肩の上に乗っかっていました。

 

こうして、会社(その会社の経営者)の仕事の水準により自らの仕事のレベルを正していくことは、誰しもご経験のあることだと思います。勝手口を見る度にこの日のことを思い出しますしプラン上、気になる勝手口を見逃すことは恐らくこの先もうないでしょう。

 

こんなことを思い出したついでに、もうひとつ大切なことに気づきました。

 

最近、お会いする経営者の方々で「すごいな」と思える方に共通することがあります。それは、その方が経営者になられる前に組織の一員としてお仕事をされていた頃、会社から影響を受けた何らかの仕事の基準よりも、自己の事業における仕事の基準を高めていらっしゃるということです。

 

言いかえると、他人の求めるレベルではなく、自らが良しとするレベルを明快に持っているとも言えます。自らの仕事の基準を持てたからこそ、経営者になられたと言ったほうがいいのかもしなません。

 

アバウトな勝手口を見破った社長も、間違いなくそういう方でした。

 

他方、失礼ながらこういう話で「ピンとこないな」と感じる方は、経営者となって他人からの評価を直接的に受け止めたり、注意、指導されることがほとんどなくなって、自分ルールを緩めてしまっておられるようにお見受けできる方が多いです。

 

このことは、必ずしも大きな会社の経営者に限ったことではなく、フリーランスなど個人事業主の方々の中でも同じだという事を感じています。性別・年齢などもどうやら全く関係ないようです。

 

そして、なにより怖いなと思うのは一旦どちらかに傾くと、どんどんその傾向を強めていくという事。よくも悪くも、元に戻すことがどんどん困難になっていくということです。

 

自分にとっての生き方をどちらにするのか?それを意識した「あのとき」は、後から思えばまさに分水嶺とも言える一瞬だったのかもしれません。今でも「勝手口」を見ると思い出すのです。

 

 

 

 

あなたは経営者になってから、自らが良しとする仕事のレベルを明快に持っていますか?

誰にも言われないことをいいことに、ついつい自分ルールを緩めてしまっていたりしていませんか?

 

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