Q:職人が現場作業以外のことをしたくないと言うのですが、、にお答えします。

2021/10/2921:021057人が見ました

私が代表を務めている一般社団法人職人起業塾では、建築業を中心とする職人の正規雇用(新卒採用と育成、キャリアプランの構築)また、労働基準法を遵守した就業規則と賃金規定の運用を強くお勧めするとともに、それらを実装するための研修事業、制度整備等のサポートを全国の建築関連の事業者向けに行っています。その関係で、職人の雇用や育成についての相談が頻繁にあります。その中で非常に多いのはタイトルにある経営者と職人との間の意識の隔たりです。今回はそのアンサーを記事にまとめてみます。(写真は国土交通相事業の若手大工職人育成プロジェクトの現場から)

未来から目を逸らす工務店経営者

私は一般社団法人での事業として研修やセミナー、ワークショップなどを毎週数回ぐらいの頻度で頻繁に行っておりますが、決して講師業をなりわいとしているのではなく、これまでの20年間、そして現在も実際に職人を正規雇用し、育成する工務店経営者として実業を行っております。
一般の方にはあまり知られておりませんが、建築業界では月給制で労働基準法を完全に守って職人を雇用していると胸を張って言える工務店経営者がほとんどいないのが現状で、加速度的に深刻さを増している職人不足問題には強い危機感を持ちながらも、なんら能動的に取り組まれない事業所が全国で30,000社とも50,000社とも言われる工務店のほぼ全てだと言っても過言ではない位のひどい有様です。

ポイ捨て職人が便利で効率的

とは言え、建物を建てるには職人が必要で、どこの事業者もそれなりに職人を抱えています。しかし、建築事業は一件あたりの単価は大きいが繁閑の差が激しい業態と言われており、必要な時だけ職人を雇い、暇な時はいらない職人を手放して固定費を極力抑える方が経営的に良い(というか表面的に経営が楽)とされる風潮があります。職人育成をしている事業所でも5年ほどでそれなりに技術を身に付けた職人を独立と言う名の下請け職人にして、外注扱いにし、固定費がかからない様にする会社もある位です。私からすると、職人は道具じゃないのだから、都合よく使ってポイ捨てするような雇用の仕方に憤りを感じますし、年齢を重ねて職人としての生産性が落ちた後のセカンドキャリアを構築するまでが職人採用、育成する側の責任だと思っていますが、目先の損得勘定だけで事業を行われる経営者も少なくなく、そんな方々にとっては私の考え方はただのアホに見えるようです。

社長、アホですか?

職人を正規雇用しない(出来ない)最も大きな理由は、外注扱いの職人に比べて福利厚生費が大幅にかかることが挙げられます。ちなみに、15年前に私が代表を務める株式会社四方継で7人の大工の日給の手取りをそのままに月給制に変更して社会保険、厚生年金、車両費やガソリン代、保険等を会社経費として全て引き受けたら(売り上げは3億程度しかないのに)年間1000万円以上も多く固定費が増額して非常に経営が厳しくなりました。その当時、とある銀行に運転資金の融資の申し込みに行った際に決算書を見た銀行の担当者が言ったのは「社長、儲かってないのは職人を正規雇用して固定費になってしまっているからでしょう、今時そんな雇用形態を取っている工務店はありませんよ、外注扱いにして仕事が暇な時は職人を休ませないと利益なんか上がりませんよ、」との言葉。
「モノづくりの会社がモノづくりを担う職人を大事にしなければ、なんのために仕事をしているのか分からないやろ!」と職人上がりの経営者だった私は憤慨してその場を立ち去りました。

一億円の投資で得た循環システム

実際、年間1000万円以上の経費負担で経営は非常に厳しいものとなりましたが、社員の大工達には単に現場で作業をこなす作業員ではなく、+aの付加価値を生み出してもらえるように、給与形態の変更と共にコミュニケーションや理念の共有などの社内教育を充実させると共に、社員大工へ業務の役割と責任の委譲を進めました。具体的には、現場での全体の施工管理と顧客の窓口業務、そして工事終了後の定期的なメンテナンス訪問でした。この仕組みが定着して実装される事で現場での顧客満足度は大きく向上し、OB顧客からのリピートや紹介での新規案件が次々に舞い込むようになり、基本的な信頼関係のある先からのオファーなので当然、受注率も飛躍的に伸びました。毎年1000万円の投資を10年(一億円!)続けた結果、毎年500万円委譲かけていた宣伝広告等の販促費を全くかけずに仕事が循環するようになったのです。少し時間がかかりましたが、お金の使い方として考えれば、折込チラシや雑誌などの媒体に支払う費用を職人達の福利厚生に振り替えて未来の売り上げが見えるようになったのは大きな効果があったと自負しています。

意識改革、制度設計、そして運用。

そんな自社での経験則から、一般社団法人職人起業塾では職人、現場施工管理の若者を集めて、「君たちは言われた通りに作業するだけの道具ではなく、もっと大きな付加価値を生み出す才能を持っている。」とセルフイメージを書き換えて主体性を発揮して能動的に働いてもらう様にステップを踏みながら実践研修を行っています。また、従業員を送り出されている事業者の経営者向けに役割と責任を段階的に現場担当者に委譲できるように就業規則への等級制度の導入やキャリアパス構築を強く勧め、制度設計のワークショップを定期的に開催しており、評価制度と定期的な面談による目標設定と進捗確認の場を持つ運用のサポートをしています。
大工あがりの私の職人育成の持論は、職人を守るのはモノづくり企業の責務であり、それに取り組めば「企業は人なり」と言われるように、自社の大きな経営資源になり得ます。そして、そのスキームを叶えるには職人自身が単なる作業員から抜け出して、付加価値を生み出す(稼げる)職人になる意識の転換と理論を実践するモチベーションが必要です。この両面が噛み合ってこそ、モノづくり企業は持続可能な循環型モデルになっていうのだと考えています。

画像1

サミュエル=スマイルズ:画像はWikipediaから拝借

天は自ら助くる者を助く、助けないものを見捨てる

前置きの説明が長くなりすぎましたが、私達がそんな研修や制度改革のサポートをしている先(評価制度の運用まで取り組まれている事業所)では表題のような「職人が作業員になりたがっている」と言った悩みはあまり聞かれませんが、目的もキャリアプランの制度説明も運用も中途半端なまま、ただ単に職人にあれこれと現場作業以外の雑務(と感じられるようなこと)を押し付けようとすると、「なんで自分は職人やのにそんなことせなあかんのですか?」との反発が生まれます。私はサミュエル=スマイルズが自助論に書かれた「天は自ら助くる者を助く」というのは当たり前すぎる原則論だと思っていますが、意外とその原則を認識せずに主体性を持たない、持つことさえ知らないまま働いている職人は多くおり、そんなところから丁寧に説明し、教える必要があります。職人が意識を変え、少し主体性を発揮した働き方にシフトすることによって、大きな付加価値が生まれ、それは当然、職人に還元されるし、その実践を積み重ねた先には年齢を重ねて現場で思うように働けなくなっても現役時代と同じ、もしくはもっといい環境でやりがいを持って働くことができるようになるのだと明確に伝えるべきだと思います。私の経験則ではその程度の才能は誰しもが持っており、決して難しいものではないのです。

タレンティズム(才能主義)が未来を切り拓く

人は変われるし、意図をもって習慣を身につければ大概のことはできるようになる。若い時に社会からドロップアウトして、就職する先もなく、肉体労働しか選択肢が無かった私でさえ、大工として技術を身につけた後に、苦手だった人とのコミュニケーションが出来るようになり、資格を取得して単なる大工ではなく、施工管理も設計も営業もできる建築のプロフェッショナルになることが出来ました。人は潜在能力の3%しか使っていないと言われますが、まだ水面下の隠れた才能を開花させるきっかけを作るのがモノづくりに携わる経営者の役割であり責任だと思っています。「現場作業以外のことをしたくない。」という職人に「いいよ、じゃ、(それなりの待遇になるけど)そうすれば。」と言ってしまうのは職人に対して表面上は負荷をかけず、優しい言葉のように聞こえますが、誰しもが持っている無限の可能性に蓋をする、残念すぎる所業だと思います。
今一度、なんのために働くのか?なんのための事業なのか?を自らに問い直す原点に立ち返って深いコミュニケーションをとる時間を持つことを強くお勧めします。人間誰しも、類まれな才能を持っているし、それを信じることで未来は切り拓けると思うのです。
目的についての記事も良かったら参考にしてください。

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職人の意識改革と制度整備のサポートしています。

 

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