からつづく
「生産性」と「生存確率」の関係
ヒトの脳には、その個体に「合理的ではない選択」をさせる「仕組み」が備わっているのだそうです。ヒトはその「仕組み」により、時として「合理的ではない選択」を行い、自己の利益よりも他者または全体の利益を優先するという行動をとるのです。
これは、生き延びるためにはなりふり構わない「生物」本来の根本的性質に反するものです。しかし、個体単位では合理的ではないこの「利他性」によってヒトは種としての繁栄を謳歌しているというのです。
ヒトの「脳」の中には他の動物とはまた違う「種」としての独自の工夫がなされているということです。近代の様々な実験によって、その事実が明らかになってきているようです。また、その「仕組み」を理解することで、日常的に目撃する一見不可解なヒトの行動の多くが説明できるようになっているのです。
学校では教えない「人間」を理解するための知恵②
ヒトの進化の歴史において、集団であることは自らを守り子孫を残し繁栄するための戦略でした。それ故に「種」として独自の「社会性」を発達させてきました。その延長線上に現在もあり「良き歯車をつくる」という教育環境も続いています。
「毒親」という言葉をご存知でしょうか。この言葉に明確な定義はないそうですが、一般的には子どもを支配したり傷つけたりして子どもにとって「毒」になる親のこと。子どもに悪影響を与える子育てのことを指します。そして、それには最近よく報道や小説、漫画などでも目にする以下のようなものがあります。
* 虐待、ネグレクト
* 過保護、カーリングペアレント
* 毒親、モンスターペアレント、ヘリコプターペアレント
そこには脳内ホルモンである「オキシトシン※」が深く関与しているというのです。
※オキシトシン:人と人の絆をつくる物質。仲間を助けたり、弱いものを守ったり、子供を育てたりといった行動に直結する「愛情ホルモン」と呼ばれたりするもの。
「愛情ホルモン」と言われると、オキシトシンの促進する行動は良いもので増えれば増えるほどよいという印象を受けます。
「オキシトシンを増やすために何を食べたらいいか?」みたいな特集記事も多く見かけますが、実はこのオキシトシンが増えると「妬み」「憎しみ」の感情も強まってしまうのだそうです。絆を強める一方で、それを乱すものに対する排除の行動を促進する働きも併せ持つからです。
この働きが、行き過ぎてヒトに「違い」を排除する行動を起こさせるのだそうです。それが「毒親」になったり「ハラスメント」や「ヘイトスピーチ」などの様々な形になって出現するのです。
多くのケースで加害者本人に悪意がないのはオキシトシンがそうさせているからで、悪意どころか正義感や使命感を持って実行しているのだそうです。「かわいさ余って憎さ百倍」というのはこのホルモンの性質を絶妙に言い当てています。
↑「群れる」ということに宿る「表裏一体」があるのです
「人づくり」にどう向き合うべきか
子育てについて「ほめて育てる」という内容が、まるで現代の正解のように書かれている本や記事も多く見かけます。「ほめる=愛情」といったニュアンスや、昔のような「罰」よりも「ごほうび」といった考え方が今日的という空気が漂い、家庭・教育現場でも支配的になっている気がしていました。
しかし、1990年代終わりにある実験が行われていて、全く逆の結果が出ているそうです。その内容は以下のようなものです。
■実験1-1
人種や社会的地位の異なる家庭の子供たち(10〜12歳)約400人に知能テストを行い、全員に「あなたの成績は100点満点中80点」と伝えます。そして「成績以外に伝えるコメント」によって表のように3つのグループに分けられます。
その後に①難易度の高い問題②やさしい問題の、ふたつの課題から自由に選んで取り組んでもらうという流れです。結果は以下のようなものでした。
衝撃的です。「頭がいいね」とほめることが「難しい課題への挑戦」よりも「確実に良い成績を出せるやさしい問題の選択」という方向に働いているという結果でした。さらに、実験は続きます。
■実験1-2
子供たちには更にもうひとつ課題が与えられました。それは③極めて難易度の高い問題でした。あとでその課題の感想を全員に尋ねます。そして、自分の成績結果をみんなの前で発表してもらいました。
結果は「頭がいいね」とほめられた「グループ1」では他のグループより課題が楽しくないと答える子供が多く、家で続きをやろうとする子供はほとんどいなかったのです。
さらに成績結果の発表では「頭がいいね」とほめられた「グループ1」の子供の約40%が本当の自分の成績よりよい点数を報告したそうです。「何も言われなかった」「グループ3」の子供たちではウソをついた子供の割合は約10%でした。
■実験1-3
最後の実験として④1回目と同程度の課題が子供たちに与えられました。1回目ではほとんどグループ毎での成績の差はありませんでしたが、「頭がいいね」とほめられた「グループ1」のほうは「何も言われなかった」「グループ3」の子供たちより、はるかに成績が悪かったそうです。
実験者は以下のような考察を示しています。
○「頭がいいね」とほめられた「グループ1」の子供たちは「頑張らなくてもできるはず」と思ってしまい必要な努力をしようとしなくなる
○周囲に「頭がいいと思わせなければならない」と思い込む
○「頭がいい」という評価を維持するため、ウソをつくことに抵抗がなくなる
子育て期間を通じてこういった研究があること自体知りませんでした。こういったヒトの「習性」が、一国の「エリート層」が ”捏造” ”改ざん” ”記録の紛失” などを頻発している事とも関係しているのかもしれません。
■実験2
課題取り組み後の「ごほうび」の有無による別の実験においても、意外な結果が報告されています。絵を描く課題において「よく描けた子供はメダルがもらえる」という「ごほうび」の有無で2つのグループに分けた実験です。
結果は、何もアナウンスがなかったグループに比べて「ごほうび」の予告があったグループの子供たちのほうが、ずっと課題に取り組む時間が少なかったそうです。この単純な実験は、何度やっても同じ結果で再現性があったとのことです。
どうやら、子供にとって大人が「ごほうびを与えようとする課題」=「それは嫌なことなのだ」と認知させているようです。
■実験3
こういった話は子供に限ったことではないようです。大人を対象とした「公園でのゴミ拾い」実験でも同様の結果が出ているのです。
前述の「お絵かき」実験と同様にゴミ拾いに対する報酬額を、高めに設定した「グループ1」とごく僅かに設定した「グループ2」に分け、作業後に「楽しさ」についての聞き取りをしました。
結果は、報酬額を高めに設定した「グループ1」では平均値が10点満点中2点、ごく僅かに設定した「グループ2」では平均値が8.5点だったのです。このような実験は条件を変えて多数実施されていますが、こちらも再現性が確認されているそうです。
大人に対しても何かを達成すべく報酬を高くすると、かえって楽しさや課題へのモチベーションを奪ってしまう傾向が、この実験によって明らかになったのです。
ひょっとすると、ヒトのこのような傾向が「ブラック企業」に悪用されているのかもしれません。酷使されても辞めずにがんばってしまうのは、意外なことに「報酬が低いという事」が効いている可能性があるからです。
↑全国の都市に出張すると、終電後もオフィスにこうこうと電気がついています
ヒトの行動には年齢にかかわらず「好奇心」というものが関わっています。「脳科学」の世界では「これまでの安定を捨ててでも新しいものに挑戦しよう」という性質のことを「新奇探索性」と呼ぶそうです。
ヒトのこういった性質は一見、個体が生存する上ではリスクであり「合理性」を欠くように見え「弱み」とも言えるものです。しかし、人類全体としてはこの不合理な「新奇探索性」によって進化・発展してきたことは歴史が示しています。
「近い将来ヒトはAIにとって変わられる」といった強迫観念もささやかれる昨今ですが「合理性」の塊でもあるAIと、時として「不合理」な選択をするヒトは、よいコンビになれると言う識者もいます。
確実性を自己学習で追求し続けるAIには「新奇探索性」といった「不合理」な仕組みはできそうにないからです。私たちが学ぶべきことは、まだまだ多くあるようです。
社長の会社では「人づくり」にどう取り組まれていますか?短期的に「生産性」を取るか?長期的に「生存確率」を取るか?ひょっとして「集団や組織の利益」を優先しがちなヒトの「習性」を悪用してはいませんか?
見込客とスタッフの『脳科学』3 へつづく
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