さて、このシリーズを呼んでいただく前に、皆さまに質問があります。
【質問】もし、大雨が降って数軒のお客様の家が浸水被害に遭ってしまったら、どうしますか?
□お客様が浸水被害に遭ったということが確認できる体制になっていますか?
□被災しているお客様に、どの時点でどのように接すればいいか考えていますか?
□浸水により生じた被害について、応急修理で必要なことがすべて言えますか?
□保険や公的な支援金についてアドバイスすることができますか?
□本格的な修理に迅速に取り掛かれる体制ができていますか?
すべての質問に自信を持って「ハイ」と答えられる会社の方は、もうこのシリーズを読んでいただく必要はありません。そのような方は、経営の中に防災が根付いていて、すでに、お客様からも高い信頼を得ているはずです。是非、地域の防災活動などにも参加して、お客様以外の多くの住民の相談にものってあげてください。そうすれば、さらに多くのファンが増えるはずです。
品質と価格だけの競争は限界
日本の製造業はこれまで、品質管理こそ最大の武器ととらえ、「良いものを、より安く」を金科玉条に「値下げ競争」にまい進してきました。しかし、ITの進展により品質管理は今や当たり前のものとなり、さらに、デフレ経済により、値下げ競争は企業の利益を奪い取り、他方で人件費は上昇し続け、品質と価格での競争はすでに限界を迎えようとしています。
このような時代で、品質・価格に代わる新たな価値となるのが「安心」であり、お客様に安心してもらえる製品やサービスを提供するには、まずは、災害や事故が起きても確実に自社の社員の命や生活を守り、その上で、お客様をサポートし続けられる体制を構築しておかなければなりません。
ある大企業の例をご紹介しましょう。徳島県鳴門市にある大手製薬会社の大塚製薬工場は、点滴などに使われる輸液で国内市場の50%以上のシェアを持っていますが、災害発生時には負傷者の増加に伴い、輸液のニーズが急激に高まることが予測されるため、そうした事態になっても商品が安定的に供給できるよう防災や、後に紹介するBCP(事業継続計画)の取り組みに力を入れています。例えば、南海トラフ地震による津波被害が懸念されている工場については生産工場建屋ごとに防潮堤を設置し工場全体を取り囲み、地元の住民を巻き込んだ防災訓練も定期的に開催し、そのほか関係会社とも連携して、災害時の対応を定期的に確認しています。
「大企業だから、そんな取り組みができるんだ」と思われるかもしれませんが、重要なことは、製薬業界のような市場競争が激しい業界では、すでに品質や価格競争だけではなく、いかに安心を提供できるかが顧客獲得の必須条件になっているということです。そのため、同社では経営の中に防災やBCPを取り入れ、莫大な時間と資金を投入してまで、計画的かつ継続的に防災やBCPの活動を展開しているのです。誤解を恐れずにいうなら、それが勝ち残るための戦略ということです。
今、多くの大企業がBCPと呼ばれる災害時における企業活動を継続させるための計画を策定しています。内閣府の直近の調査によれば、約65%の企業がBCPを策定しています。その理由は、近く発生が懸念されている南海トラフ地震や首都直下地震が発生しても、会社の事業を継続できるようにしておくということを経営層が真剣に考え始めているからに他なりませんが、本音としては「BCPを策定していないような会社とは取引ができない」「顧客からの信頼が得られない」という危機感があるように思います。もはや防災やBCPは、企業取引の要件となっていて、与信と同様に相手先から評価される時代になってきているのです。
先ほど大塚製薬工場の事例を紹介しましたが、ITで成長を続けるYahooでは、社長自ら防災訓練に参加し、地震を想定した全社参加型の事業継続の訓練をしていますし、流通大手のイオンは、それぞれの店舗での防災訓練だけでなく、自治体や自衛隊などと連携し大規模災害における支援を繰り返し訓練・検証して災害対応力に磨きをかけています。
さて、中小企業はどうでしょう? 2015年度に中小企業庁が行った調査によると、BCPを策定している企業はわずか15%です。取り組めない理由としては、「スキル・ノウハウの不足」「必要性を感じない」「人手不足」が回答の大半を占めています。「スキル・ノウハウの不足」と「人手不足」の問題はさておき、本当にBCPは必要ないのでしょうか?
内閣府「平成 29 年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」と中小企業庁「平成28年中小企業白書」をもとに加工
工務店のBCP
工務店について考えてみましょう。
災害が起きてすぐに求められるのが家の応急復旧です。屋根にブルーシートをかけたり、割れた窓を修理したり、水害なら床を外して浸水の水を汲みだすなど、様々な応急修理が必要となります。そうした時、真っ先に駆け付けられるという会社とそうでない会社では、どちらがお客様から評価されるでしょう? どんな立派な家を建てる技術があったとしても、災害時に声もかけてくれないような会社に、施工をお願いするでしょうか?
こういう聞き方をすると、多くの工務店の方が、「ハウスメーカーに耐震性はかなわないから安心面でも劣る」というような悲観的なことを言う人がいます。しかし、実際にはそれは違います。地震発生時には、ほぼ倒壊があり得ないような丈夫な家に住んでいる人でも不安になります。避難所へと向かう人も少なくありません。家に戻っても、物が落ちたりしているだけで、家が大丈夫なのか心配になります。
水害による床上浸水ともなれば、住宅の性能に関わらず悲惨な状況になります。泥まじりの水が玄関から床まであがり、畳は水浸しになり、壁の中にも水が入りこみ、わずか5センチ程度の床上浸水でも断熱材が水を吸い上げ、壁の半分ぐらいまで水が上がってしまうことさえあります。床板を上げて、水を汲みだして乾燥したり、壁の中で濡れた断熱材を取り出すなどの応急作業が必要になりますが、一般の顧客がそのようなことができるはずがありません。
そんな時、一緒に相談にのってくれたり、復旧に取り組んでくれる、あるいは、適切なアドバイスをくれる会社が求められているのだと思います。
家にいても大丈夫か、応急修理はしたほうがいいか、修理にどのくらいの費用がかかるのか、どのくらい保険でお金が出るのか、公的な補助金はあるのか・・・・。
このような不安に対して、すぐに対応できるのは、遠く都市部に本社を構えるハウスメーカーではなく、同じ地域で同じように災害を経験し、それでもすぐに相談にのってくれる地域の工務店なのです。
では、どうしたらこうした顧客のニーズに応えられるようになるのでしょう?それこそが、BCP(事業継続計画)と呼ばれるものです。
ただし、横文字が使われているからといって、難しく考える必要は一切ありません。なぜなら、BCPは人に見せるようなものではなく、自社が災害時に動けるようにしておくための計画にすぎないからです。
僕は、BCPなんて難しい言葉を使うのは嫌で、むしろ防災にしっかり取り組むだけで十分だと考えています。
次回以降、どのような防災に取り組めばいいのか、そのポイントを事例なども通じて紹介していきたいと思います。
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