第1回 工務店にはリフレーミングが必要だ

2018/11/2611:07415人が見ました

自己紹介

 はじめまして、神戸と台湾で工務店、また関西一円で『職人起業塾』なるマーケティングを切り口とした建築実務者(職人、 現場監理者、設計、営業等、顧客接点となる従業員)向けに研修事業を営んでいる高橋剛志と申します。

 私はいわゆる現場叩き上げの創業経営者であり、元大工です。 阪神淡路大震災の復旧があらかた終わり、復興景気がしぼんだ 神戸で18年前に全くの徒手空拳、大工道具を詰め込んだワンボックスカーと、若い衆一人、そして自分の身一つで起業しました。

 営業から見積もり、工事までを自ら行い、よく動く若い大工 として不動産会社や住宅メーカー、デザイン会社などから重宝がられて、2年後に法人設立、その6年後に本社ビルを建てて、 チラシ、イベントでの反響営業を展開して下請け工務店から脱出。元請け転換を図った1年後に大工の正規雇用、社員化に取 り組み、自社社員大工による施工、顧客接点の強化を強みにマーケティングを組み立てて、今から5年前に一切の宣伝広告をやめても毎年5億円程度の売り上げを自然発生的に上げるシクミを構築しました。

 かつては毎月のように新聞にチラシを折り込み、イベント集客を行い、R社の住宅雑誌に新築の施工写真を掲載するなど、一般的な販促活動も熱心に行っておりました。チラシやイベン トのコンテンツが売り上げを左右する重要な鍵であると考えてそれらの作り込みが私の仕事の中心でした。

 しかし、売り上げ自体は順調に伸びていきましたが、毎月使い続ける販促費が経営に重くのしかかり、いくら売り上げが増えても、毎年の決算ではいつも利益が思うように残らず、経営者としての自分の能力の低さに砂を噛むような悔しい、情けない想いを抱き続けていました。

 もう1つ収益を圧迫していたのは、創業時は日給月給だった大工の正規雇用への転換でした。就業規則や賃金規程を刷新し社会保険や厚生年金、工事用車両や現場経費を事業所で負担することで、外注扱いの日給月給の時よりも年間あたり1000万円近く経費が余分にかかるようになっていたのです。

 銀行の担当者には、「社長、イマドキの工務店で職人を抱え込んでいる会社なんかありませんよ、経費もかかるし、それって単なる人員の在庫でしょ」と、私の方針をバカモノ扱いされたこともありました。

 

大工正規雇用の理由 

 私が大工の正規雇用に踏み切ったのはいくつか理由があります。それはお金よりも大事なことであり、銀行の担当者には理由を説明しても理解してはもらえませんでしたが、事業を続けていくにあたり曲げる訳にはいかないことでした。

 その理由とは、

1. 自分自身が大工として働いていた経験から、将来が全く見えない生活に子供を作るのさえためらい、こんな労働環境では、若い人に奨められないと思っていた。

2. 毎日の安定がなく、将来が見えない毎日はどうしても今が良ければいい、という視点になりがちで、住宅という何十年も残るモノを作るのに必要な長期の視点を持てなかった。

3. 自分のことを信じて、ついて来てくれる若い大工達には同じような想いをさせたくなかったのと、大工として働く以上、自分の家を自分で建てられるように住宅ローンが通るようにしたかった。

4. 外注の大工は早く現場を終わらせることで利益が大きくなる。手間をかける程、儲からないというのは、いくら信頼関係があったとしても構造的にいい家をつくる方向と利益の相反がある。

5. 工務店の本分はモノづくりであり、職人おらずして成り立たないのは絶対の真理。今の職人が働く待遇ではこれから先の職人不足は目に見えており、事業の継続に職人の育成は不可欠。

 自らの経験や想いを踏まえて、創業時に掲げた弊社のミッシ ョンは『職人の社会的地位の向上を果たす』であり、現在も 12名の職人としての工務スタッフを抱える事業所として自社 職人による施工、メンテナンスを強みとしてリピート受注と紹 介が売り上げのほとんどを占める営業を続けています。

 

工務店経営者への上申書

 自己紹介が長くなりましたが、上述のような職人会社を営んでいる私は、喫緊かつ非常に重大な危機を工務店業界は迎えていると感じており、この場を借りて工務店経営者の方々に『上申書』として意見を述べさせていただきたいと思います。その危機とはズバリ、職人不足と市場環境の変化です。

 「ああ、それな」と思われたかもしれませんが、今までの緩やかな職人不足と今後10年間で急激に進むそれとでは全く次元が違います。まずは国勢調査を出典とした建築技術実務者の人口推移のグラフ[図1]をご覧下さい。

 現在の50歳~60歳の職人をピークに一直線に下がり続けている上に、若い就業者はほとんどいなくなってしまっています。 現在、20歳未満の大工は全国でも2000人を切っているといわれており、ほぼいないのと同じです。このままの状態が続くと、10年後はどうしようもないくらい大工はいなくなってしまいます。

 実際、この文章をお読みいただいている方の身の回りで活躍されている大工さんの年齢分布は[図1]の縮図となっておられるのではないでしょうか。

2020年には 2020年 大工人口は2/3になる

 

忍び寄る職人不足の魔の手

 「職人不足問題については、ウチは大丈夫」と思われた方も少なくないかと思いますが、工務店業界が今のままで一切変わることなく、職人不足がこのグラフ通りに進んだとすれば、大工の獲得合戦はどんどん過熱していきます。社員大工でも絶対に大丈夫とはいえないと思いますが、外注扱いのままのお抱え大工、常用大工が高い単価をちらつかせる他社に引き抜かれるリスクがないと言いきれるでしょうか?

 最近、講演で伺った先の団体のとある工務店は、親子2代で常用大工として働き続けて活躍しておられたエース大工がパワービルダーに引き抜かれたと嘆いておられました。その大工も 長年世話になった工務店と袂を分かつのはずいぶん厳しい選択だったと思います。背に腹は代えられぬ。家族の将来を思うと今より稼げて、安定的に仕事があるパワービルダーに移らなければならなかったようです。

 その社長も、他社に移った大工も涙ながらに別れを告げられたとのことでしたが、現実から目を背けずに見ると、現状の単価では大工は自宅を建てることができないし、怪我や病気への不安を抱えながら、子供をしっかりと育て上げる自信もないまま働いているのです。

 長く続いたデフレ経済の影響と、工務店の利益構造の組み替えの影響でトコトンまで下がった大工の手間賃は満足して暮らせるレベルにはないことを認識すべきです。いくら長年の付き合いで信頼関係が構築できているといっても、大工にも家族があり、未来に不安を抱えていては他社からの単価アップのオファーを断り続けるのは無理だと思います。

 買い手市場が長かった分、売り手市場に移行した時の反動は大きくなるのは想像に難くなく、今、工務店はその事実から目を背けずに向き合わなければなりません。

 

職人不足問題解決へのリフレーミング

 では、どうするべきなのか、という問いに対する回答は明快です。職人が将来の展望を持ち、誇りを持って働ける環境を整え他業種と同じ程度の安定を担保するしかありません。若年層の入職者を増加させるには、若者の就職先の選択肢のテーブルに乗るのが先ずは第一歩ですが、「加齢と共に稼ぎが悪くなる」「怪我や病気に罹ると収入がなくなる」といった肉体労働従事者につきまとうリスクを排除できなければ、大工職人が安定感 のある職業だという担保ができたとは言えませんし、「技術を 身につけて将来は独立したらいい」などという適当な誤魔化し方では現状を変えることはできません。職業選択の候補になる職人を守り育てる環境整備とは、

1. 受注、施工の繁閑にかかわらず職人が働き続ける場をつくること、できればその波をなくして年間通して施工量を平準化すること。

2. 将来の展望を見るためには先々までの根拠ある売り上げ利益の見込みを立てること。

3. 身体能力が落ちたときの働き方をつくる。現場作業以外にも活躍できるように職人の教育ができること。

 以上3点の一筋縄ではいかない困難な問題に取り組み、そして解決しなければなりません。受注、施工の年間を通じての平準化、来年、5年後、できれば10 年先までの受注見込みを積 み上げることはこれまですべての工務店経営者が目指してきましたが、未だ叶わぬ会社が圧倒的多数を占めます。また、職人に現場仕事以外、技術以外でも活躍してもらえるキャリアを形成する教育を行えている会社も非常に少なく、そのノウハウも世に出ることなく、あまり知られる機会もないのが現状です。

 上述した3つの問題を解決することが、圧倒的な職人不足による業界全体の危機を救い、工務店の存続を叶え、職人をはじめとする建築業界の従事者にやりがいを持って生き生きと働いてもらえる唯一の突破口だと私は考えています。

 では、具体的にどのようにしてこの厄介な問題を解決するのか。

 これらの問題は私でなくても懸念されている経営者は多く、解決を試みた方も少なくないはずですが、業界全体を俯瞰して見ると、全く解決できていないどころか、若年層の職人不足はますます酷くなる傾向にあります。要するに、今までのやり方ではダメで、根本的な方向転換が迫られていると思うのです。 根本的な転換とは、リフレーミングであり、パラダイムシフトです。今までの常識を葬り去り、新たな価値観を持ってこれまでと全く違う行動に取り組むこと。非常に勇気がいることですが、工務店経営者が今、勇気を出して業界の仕組みそのものを改革しなければ、[図2]のグラフが示す通り、仕事はあれども建てられない、集客、受注を積み上げても完工しなければ1円の利益も上がらない、という未曾有の経営危機に直面することになるのです。

 

結果の目標設定から状態の目標設定へ

 私が提案するこの問題に対する解決策は、『状態目標の設定、管理の経営』です。建築業界に限らず、欧米型資本主義経済にどっぷりと浸かり切ったこの国では、アメリカ式短期決算での進捗管理、結果がすべてと、売り上げ利益の目標を立てて、その達成のための行動を管理し、マニュアルを作り、従業員をルールで縛り付けてきました。そのシクミの中に見込み客を放り込めばある程度の受注が取れるという仮説に立ってビジネスモ デルを構築してきました。

 これが職人不足を加速してきたシステムだとすれば、その解消のためにはこれからは全く逆のパラダイムでのビジネスモデルを作り上げなければなりません。

 マニュアル、ルールで従業員を縛るのではなく、長期的な視点で、主体的に結果を上げるように従業員自らが行動を起こす、要は自然に結果を生み出す『状態』をつくることに焦点を合わせるべきです。

 すべての従業員に高いモチベーションを保ってもらい、利益を上げる意識を持って全員で業務に当たるというのは、経営者感覚の落とし込みであり、それは圧倒的な顧客接点の強化に他なりません。

 それは自社のファンを増やし、将来の売り上げ利益の種を蒔くことになり、(従業員の)状態の管理、向上が新たな(顧客の)状態の管理、向上へと連鎖していくのです。

 この状態を整えて、成果を生み出す土壌をつくるパラダイムこそが、職人を疲弊させて、全体の90%以上が赤字企業といわれるこれまでの建築業界を根本から建て直す入り口であり、この10年間にわたり我々が取り組んできた、販促費をかけずに売上高を維持し続けるインバウンド・マーケティングの根底にある考え方です。

 全12回にわたり職人起業塾で講義を行っている内容を、連載をさせていただきます。工務店経営者向けに特化したインバウンド・マ ーケティングの理論、具体的な手法を詳しく説明していく予定です。次回はマーケティングの定義の再考について執筆の予定です。分かっているようで分かりづらいマーケティングについて考え直す機会を提供できればと思っています。

 私も工務店経営者であり、書籍を上梓しているとはいえ、決して文章を書き慣れている訳ではありません。拙い文章で恐縮ですが、お付き合いいただければ幸いです。

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