第5回 工務店の強みを再考する

2018/11/2615:35141人が見ました

経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、経営意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。第5回となる今回は工務店の強みについて、改めてその本質を解説。(編集部)

 

マーケティングとは理論構築だ

 前号まで『在り方』『意識改革』と、マーケティングというよりは事業の根幹ともいえる基本的な思考を繰り返し整理してきました。マーケティングを「売るテクニック」と理解されている方にとっては、何を関係のない、しかもアタリマエの事を延々と羅列しているのか、と飽き飽きされる内容だったかも知れませんが、現場基軸の職人的マーケティングの構築はそのマインドを現場の実務者と共有する事が大前提であり、基礎の部分が揺らぐと全体の取り組みが足元から瓦解してしまいます。常に本来の目的に立ち返り、根本を振り返る事の重要性を考えると、回り道のようでも足元から理論を組み立てる事が必要だと考えています。

 「マーケティングとは自然に売り上げ、利益が上がり続ける仕組みづくり」と定義したとき、全体を支えるのは『信頼』です。ドラッカー博士がマーケティングの最終目標として掲げられた『一切の売り込みを無くして売り上げを上げる』には、マーケットから圧倒的な信用と信頼を得ることが必要であり、私達のような資本力の脆弱な中小零細工務店にとっては非常に高いハードルだと言わざるを得ません。

 私の主催する「職人起業塾」の研修講座の中で何度も繰り返し塾生に伝えるのは「難解な問題は分解して考えろ」ということです。一切の売り込みを無くしても将来にわたって安定的な売り上げ、利益を保てるようになるという難解な命題に対してもそれは同じ事です。1つずつ問題をクリアして行く事で、最終的に目指す状態に辿り着くことが出来ると考えています。

 ドラッカー博士が示唆しているのは、マーケティングを使って、信頼に裏付けされた顧客からの質の良いリピート集客と紹介を得られる状態を作れということです。要するに、L T V(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)を享受させてもらえる生涯顧客といわれる信頼の絆に結ばれた人間関係をつくることから始まります。まさに、「事業の目的とは顧客の創造である」というドラッカー博士の有名な言葉通り、生涯顧客を創造し蓄積する事で事業は安定し持続継続することが出来るというシンプルな理論です。

 

生涯顧客と絶対エース

 その第一歩、目の前の顧客に生涯顧客になってもらうにはどうすればいいか。

 その答えは実はそんなに難しいものではありません。それは、どの工務店に訊いても生涯顧客といわれるV I P客を持っていると述べられるからであり、その生成のプロセスを伺うと、社長、経営幹部が顧客接点の窓口を務めていたから、といった理由が極めて多い。営業スキルの有る無しとは大して関係がありません。どのような小さな工務店でも責任を負うもの、裁量を持つものが顧客接点を務めるという程度で顧客との信頼関係の構築を成しており、その場合の多くは別段変わった方法やノウハウは必要ではないからです。

 事業所の規模にもよりますが、経営者が顧客接点に登場する、しないに関わらず殆どの企業で経営者は売り上げをつくる『絶対エース』として卓越した営業成績を叩き出されます。私も含め、口べたでセールスのスキル、ノウハウを全く持ち合わせていない職人上がりの経営者であってもその傾向ははっきりと見て取れますし、売り上げの殆どを社長の人間力で稼ぎ出しているという事業所も少なくありません。しかし、社長一人の営業力に頼っていては、組織は脆弱で発展しないどころか大きなリスクを抱えるのも事実です。この『絶対エース』の強みを従業員に移植、共有してシクミとして構築したいところです。

 上述の『絶対エース現象』をもう少し分解してその理由を紐解いてみると、会社の決定権、裁量を持つ責任感、会社が存続する限り責任を取ってくれる安心感、目先の事のみに囚われない許容力等々の経営者の高い人間力を顧客が感じるからこの人に任せれば大丈夫、と顧客は安心するのではないでしょうか。そのように考えると、従業員を教育し、L T V(顧客生涯価値)を認識させ、一生の付き合いをする覚悟を伝え、顧客満足を得る為の裁量権を担当者に渡せるようになれば顧客接点は一気に強まります。

 しかし、経営者はやはり経営者であり、従業員に考え方や責任感を譲り渡し共有したところで顧客の目はやはり社長と同じとは見てくれず、経営者と同じような安定感を醸し出すまでにはなかなかいかないものです。それでも時間をかけて従業員への教育を通して経営者と同じ感覚を持って顧客に向き合えるように努力を重ねるべきだと思いますが、その効果性を上げることも同時に考えなければなりません。

 

期待値とギャップが信頼を生む

 私がこの10年間の取り組みで見出した、効果を劇的に上げる方法は、顧客の期待値とのギャップに着目する事でした。顧客接点において、経営者と同じ感覚=経営者感覚を学び、習得した営業マンが流暢に顧客の前で話してもなかなかその価値には気付いてもらえません。それは他社の営業マンも同じ様な研修を受け、営業スキルを身につけるトレーニングを積んでおり、顧客にすると大した違いを見出せないからです。しかし、現場に従事する職人や現場監督が経営者感覚を持ち、本当に顧客の事を考えた提案や進言をしたならば、顧客はよもや彼らが自ら積極的にコミュニケーションをとり、自分の想いを聴いて現場に反映してくれるなんて期待を持ち合わせておらず、そのギャップによる衝撃は小さくありません。現場を基軸にして考えると、絶対エースの経営者の強みを移植して会社全体の強みにすることは一気に具現性が増すのです。

 その根底には、モノづくりが出来る技術者、専門職に対する信頼性があります。顧客は現場の事、モノづくりの実務を理解している人に対して、少なからず尊敬の念を持ったり、安心感を持ったりします。それだけで大きなアドバンテージを持っている実務者は、少しのコミュニケーションを心がけるだけで大きな信頼を手にすることが出来るのです。

 

USP・コアコンピタンスはセグメントとセット

 とはいえ、売り上げをつくるというのはゼロからイチを生み出す作業であり、そんなに簡単に出来るものではありません。今後、新築の着工棟数は右肩下がり、リフォーム業界は大手ハウスメーカー各社の新築事業からのシフトだけではなく家電量販店やネット通販Amazonなどの新規参入の事業者も増えて厳しい消耗戦が繰り広げられると予想されます。他社と比べられるのがアタリマエの今の時代に選ばれて受注を得るにはやはり『強み』を持ち、発揮せねばなりません。しかし「御社にしかない強みとは?」と質問されて胸を張って答えられる工務店はごく稀であり、デザイン力や施工品質、提案力、価格、商品力、といったこれまで建築業界で磨きをかけるべきと言われてきたことは全て、コアコンピタンスと呼ばれる「競合他社を圧倒的に上まわるレベルの能力」「競合他社に真似できない核となる能力」や、「自社独自のユニークなウリ」と訳されるUSPにはなり得ません。残念ながらすぐに陳腐化し真似されてしまうのが現実です。

 では、何が強みとなり受注を叶える根源となるのかを考え直したとき、結局行きつくのはやはり『人』です。強みとはセグメント(市場限定)とセットで考えるべきであり、大した強みでないとしても、市場の限定を狭めて括りを町内だけに留めると、娘にとって父親が唯一無二の存在であるが如く、常にナンバーワンであり、その枠を広げる事で自社が強みを発揮出来るマーケットを持つ事が出来ます。そしてそのセグメントを物理的な範囲ではなく、人と人とのつながり、信頼関係を構築したコミュニティーと考えれば強みを生かしたまま無限に広げて行く事が可能となります。

 マーケティングとは結局、自社だけのマーケット=コミュニティーを作ることに他なりません。無論、デザイン力や施工品質、提案力、価格、商品力等々の顧客に与える価値も磨き続ける事は必要ですが、「人としてどうあるべきか」というマーケティングの入り口の命題に真摯に向き合うことで、それらの価値と掛け合わせ、USP、コアコンピタンスと言われる自社のみが持つ強みを作り上げることが出来るのです。

 今回も具体的というよりは概念に近い内容になってしまいましたが、それぞれの企業が持つ『強み』をもう一度見直すと、やはり『企業は人なり』の原則論に着地すると思います。顧客の対象を絞り、そして広げる意識を持つことで少し時間はかかるかも知れませんが、必ず外部環境に左右されない独自のマーケットを構築出来るようになると考えております。

 

第5回のチェックポイント

 ● 社長自身の営業力だけに頼っていませんか?

▢ 自社の強みは本当に「強み」になっているか?

「企業は人なり」現場が経営者感覚を持つことが強みになる

マーケティングは自社だけのマーケット=コミュニティーをつくること

人としての在り方が本質的なUSPになる

 

 次回は現場基軸のマーケティングを進める上で不可欠な、そして吃緊かつ重大な問題として大きく注目を浴び始めた職人不足の解消をふまえ、現場従事者の人材育成について考えてみたいと思います。

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