経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、経営意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。第4回となる今回は社員を巻き込んだ意識改革のための手法をお伝えする。(編集部)
未来思考への意識改革
職人起業塾の研修講座や書籍の冒頭で一番始めにワークとして取り組んで頂いているのは、「意識を変えよう」と言う事です。今回の内容もアタリマエに過ぎますが、意識改革は「マインドセット」とも呼ばれマーケティングにおいて非常に重要とされておりますので、基本的な部分にもう少し頁を割きたいと思います。
前号まで、理論構築の基礎を列挙して、マーケティングは『在り方』から始めるべきだと文脈を帰結させました。私が提唱するマーケティング論は、経営者が企業としての在り方を正し、実務者と認識を共にすることで経営者の意図が現場に反映される事で顧客接点が強化され、生涯顧客の創出に繋がるという至ってシンプルな理論です。しかし、残念ながらそんな簡単な理屈でさえ頭の中で分かっていても行動に反映出来なければ一切なんの成果も生まれません。要は行動に移してこそ、となりますが、その行動も三日坊主では話になりません。
「今だけ、金だけ、自分だけ」という建築業界に広く、深く長年蔓延してきたパラダイムから事業に関わる全員が抜け出すには、長期的な視点が必要となり、それと真逆の「未来、信頼、貢献」のパラダイムにシフトして長期間に渡って継続的な行動を習慣に落とし込み日々積重ねる必要が有ります。
今期の決算、今月の売上げ、目の前の見込み客からの受注、顧客からのクレームと、毎日の業務は緊急で重要なコトで一杯です。そんな中、『第二領域』[図1」と言われる「緊急性の低い重要な事」に如何に時間を割くことが出来るか、すぐには成果の出ない未来の為の行動を継続的に選択出来るかが、パラダイムシフトで生まれた思考を現実のモノに出来るか否かの分水嶺となります。そして思考を現実化するのは行動に踏み切れる意識に他なりません。
変わるべき、しかし変われない。
マーケティングを自社独自の市場、未来の売り上げをつくるシクミと定義するならば、上述の未来を標榜するパラダイムにシフトする事は必須となりますが、現実を見渡せば、「目の前の業務を放ったらかしにしてそんな事ばかりに取り組んでも、会社は潰れてしまう」と思ってしまうのではないでしょうか。
それは全くその通りで、モチロン足元の仕事は確実にこなさなければなりません。しかし、未来の為の行動を棚上げにし、目先の業務だけを精一杯の力で行ない続けても、いつまで経っても同じサイクルの中で、まるでハムスターの様にグルグルと走り回らなければならなくなります。10年前までの私が全くそのような状況で、顧客の窓口を務め、現場を廻り、販促のチラシを考え、集客イベントを行い、モチロンスタッフにも手伝ってもらっておりましたが、肝心なところは自分で見ないと気が済まない。要は売上げ、現場の品質は自分が作っている、全責任を背負ってやり切らねばならん。と思い込んでおりました。当時は常に「忙しい」が口癖で、休みどころか自分の体調を整える時間も取れず、当初は当たっていたチラシが徐々に反響が薄くなることへの漠然とした不安を感じながら、販促の成果がこのまま続いたとしてもずっと忙しいままでは身体が持たないし、私が倒れると会社は倒れる。このままで良い訳が無い。と、根本的に変えなければ、変わらなければと何年にも渡り悩み続けておりました。
人は一人では変われない。
私がパラダイムシフト出来た理由は書籍の影響、セミナーへの参加等、様々ですが、その代表的なモノの1つにビジネスコーチングを受けていたことが挙げられます。人は一人で悩み、考えてもなかなか行動に移せないものです。何よりも大事な筈の自分の人生なのに、人との約束は守れても自分との約束を反古にしてしまうことは誰しも少なくありません。私も例外ではなく非常に意志が弱い人間です。そんな私でも毎週の様にコーチングのセッションを受け続け、「変えなくてもいいのか、変わらなくてもいいのか?」と言うコーチからのシンプルな問いに繰返し答えるうちに、初めのうちは「時間が無い、しょうがない」と言っていたのが、「時間を作って、少しずつでも取り組む」に変わってきて、最終的には「自分がする」から「スタッフが出来る様にする」にパラダイムを転換しました。結果的にこれがきっかけでマーケティングの構築に取り組むことが出来る様になったのです。
マーケティング理論を仕組みに落とし込むにはずいぶんと時間がかかりましたが、確実に意識を変えて、絶対に出来ないと思っていた事を、やる!と決め、実現への階段を一歩ずつ登り始めました。私自身のその経験から、私が主宰する研修事業「職人起業塾」ではグループコーチングの形式をとっており、単なるセミナーではなく継続した問いを繰返し、参加者がその問いに答える事を通して自ら気付き、行動を起こす「きっかけ」を提供しています。部下や協力業者に意識を変えてもらうのは、絶対に一朝一夕で叶う事は無く、面倒ですが長い目で見たサポートが必要なのです。
第二領域への取り組み。
未来を作る行動は、一気呵成に行い、片付くものではありません。ましてや人の意識を変えるなんてことは、長い時間をかけて、行ったり来たりを繰り返しながら徐々に浸透して行くものだと思っています。要は毎日の時間の使い方を見直し、第一領域をこなしつつ、確実に第二領域に取り組む時間を確保する。それを毎日の習慣に落とし込み、少しずつでも確実に進めて行くことが出来れば、短期間での成果は見え難くても、5 年、10 年と経てば大きな変化と共に成果が現れると実感しています。
私達が取り組んで来た第二領域の行動の代表格はブログの更新です。私だけではなく、スタッフの持ち回りブログも毎日更新11年目に突入しましたし、今では工務部の大工も全員が写真中心の簡単なモノではありますが、毎日施工ブログを更新してくれています。また、OB顧客に対するアフターサービスとして年一回以上、全顧客に対して大工が訪問し、工事の不具合だけなく、簡単な工事を無料で行なっており、緊急性は無い、しかし顧客との絆を深める重要な事に時間を割いてもらっています。
毎月、弊社のセミナールームで開催している無料のマーケティング勉強会『職人起業塾』では、その冒頭に、「未来に続くホールへとようこそ」と言ってからはじめます。緊急性の低い、重要なコトに取り組む事こそ、未来を創るという意味ですが、私はこの事を、大工をはじめとする社員にも10 数年間に渡ってずっと言い続けてきました。しかし、人は誰しも頭で理解したからと言ってすぐに行動に移せる訳ではなく、たとえ行動を起せても継続し、習慣に定着させるのは至難の業です。経営者でも難しいのにそれを社員一丸となって取り組むのは並大抵の事ではありません。実際に私が行なったのは、自らが率先垂範、規範を示して、やればできる姿を見せる、出来ない者には根気よく言い続ける、そして継続しやすい状態を整えることです。それでも何年も習慣に出来なかった社員もおりましたが、ブログの更新ごとに手当を付ける、会社の決まりを守るだけで実質昇給となるシクミを整えたりもして大きく改善することが出来ました。
このような取り組みは全て将来に対するアプローチであり、今、行動に移しても明日は全く変わりません。しかし、長い年月を積重ねるととんでもない破壊力を持つことになるのは想像に難く無いと思います。将来の為のアクションを会社ぐるみで行動に移せるかどうかは、すぐに出来ないことを悲観せず、その意識改革に対するアプローチを根気よく継続的に行なえるかが問われるところです。要するに、ベタな論調になり恐縮ですが、経営者の『覚悟と決意』があれば社員の意識改革は叶うし、その逆もまた然りだと思うのです。
根本的問題は影響力の大きさ。
マーケティングの実践者は経営者にあらず、顧客接点となる実務者です。その人達に「将来の為にアクションを起そう!」とかけ声を掛けたところで、未来のイメージが全くつかなければ、やってみる気にはなかなかならないものです。職人起業塾では「やれば出来る」「想いは叶う」「思考は現実化する」という未来の成果をイメージしながら行動に踏み込める様に、影響の輪[図2」を意識してもらっています。影響の輪、即ち自分がコントロール出来る範囲を明確にすることによって、第二領域で取り組むべき具体的な行動や方向性を認識出来る様になり、影響の輪を広げる(=小さな目標達成)を繰返す日々の習慣に取り組む自己研鑽のパラダイムが生まれます。
具体的な事例で示すと、現場でのクレームが絶えない=管理者の影響の輪の外→職人の技術的もしくは個人的な問題、職人との意思疎通、管理者のスキル、顧客とのコミュニケーション不足、計画段階での詰めの甘さ、工期等、計画そのものにムリがある。このように分解し、どの部分に影響力を広げればクレームが無くなるかを考えます。
これはクレームに対する対処ではなく根本的な問題に目を向けることであり、どの原因を潰すにしても時間をかけてじっくりと腰を据えて取り組まなければ解決を見ることはありません。しかし、これらの問題解決に継続的に取り組むことで、根本的なクレームの撲滅に歩みを進めることが出来ます。
単にクレームを撲滅する!とスローガンを掲げるだけではなく、その実務者の影響の輪に着目することで、実現性は一気に高まります。あとは行動を起こすか起こさないか、やるかやらんかです。この例と同じ様に、未来の売上げを作り、持続継続できるビジネスモデルを構築する!という一見途方も無く難しそうな目標でも、影響の輪を意識し広げ続けることで実現可能になると考えています。
思考は必ず現実化する。
意識改革と書くと大げさに聞こえますが、これも理論自体は非常に簡単。あとは社内、社外問わず、顧客に関わる全ての人とマーケティングに取り組む意識(生涯顧客の創造)を共有し、それぞれが自分自身が持つ影響の輪の範囲を把握し、対処ではなく根本的な補完や強化を図る取り組みを積重ね、状態を整えれば、顧客接点の各々が顧客からの絶対的な信頼を勝ち取ることに繋がります。日々の業務の中でその量を増やし続けることで未来の売上げを作るマーケティングはごく自然と現実のモノとなるのです。
先ず思考ありき、そして思考は現実化する。ナポレオン・ヒルの有名な言葉ですが、自ら持つ影響の輪の中に限っては間違いなくその通りですし、影響の輪を広げることが出来れば、実現可能なことも増えて当然。「フェラーリに乗ってみたい!」と思考した時、自分で購入しなくても乗せてくれる友人を作れば『乗る事』は現実となります。行動量によって影響の輪の広がりは正比例し、出来ること、出来ない事は単なる程度の問題となります。
自己研鑽して実現力を高める意識改革があってこそ、マーケティングは効果を発揮しますし、逆に行動を起す意識がない人にいくら理論を説いても単なる時間の無駄にしかなりません。そして、影響力の輪を広げる事に着目した時、ほとんどの人に高い頻度で浮かび上がって来るのはコミュニケーション問題です。経営者、設計、営業、現場監理、職人、協力会社、そして顧客と建築業界特有の複雑かつ多岐に渡る人間関係の間のコミュニケーションを円滑に、相互間で尊敬と信頼を持てる状態を創り出せれば、それだけでそれぞれの影響の輪は格段に広がりを見せ、マーケティング構築の実現可能性は一気に高まります。
建築の世界は顧客の想いをカタチにする、無から造形を創り出す非常に難しい業態です。しかも、1つのモノづくりに数多くの人が関わる、他の業態に比べて、特にコミュニケーションスキルが必要な業態にもかかわらず、職人を始めとして「コミュニケーションが苦手です」と無責任に言い放つ人が多いのが現状では無いでしょうか。とにかくまずはその出来ない、苦手、向いていないという意識を改革するところからマーケティングは取り掛かるべきでしょう。
第4回のチェックポイント
● 意識改革「どうせムリ」と諦めていませんか?
▢ 会社の第二領域の取り組みを認識していますか?
目の前の仕事(第一領域)の一方、未来の売り上げづくりに向けた取り組み(第二領域)が工務店存続には不可欠!
「自分がする」から「社員ができるようにする」のパラダイム変換を行い、社員ぐるみの意識改革で変革を進めよう!
意識改革も状態管理の一環です。ここまで長々と基礎的な部分を述べてきましたが、次号からはその状態をもって、実際のマーケティングアクションについて章を進めたいと考えています。星の数程存在する競合の中でどのように売上げ、利益を上げて行くのか、先ずはゼロからイチを生み出す強みに着目して項を進めて参ります。読者の皆様が持続継続できるビジネスモデル構築のヒントを掴み取るきっかけになれば幸いです。