第3回 「なんのために?」が基礎構築の第一歩

2018/11/2613:39385人が見ました

経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、経営意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。第3回となる今回は工務店のためのマーケティングの基礎構築の手法をお伝えする。(編集部)

 

足元から、確実な一歩を

 前回では、マーケティングという概念を『セールス(売り込み)を無くす事』そしてその目的は『生涯顧客の創造』であるとシンプルに再定義しました。顧客との絶対的な信頼関係を構築し「建築にまつわる事は一生御社にお願いします」と言われる状態をつくり出す事が、未来の売り上げを見込める経営資産の蓄積にほかなりません。そして、情報化革命によってもたらされる『本物の時代』の到来に対して、表面的なウリではなく自社の持つ内面の価値に磨きをかけ、顧客に長期的かつ本質的なバリューを提供する事がその信頼を確固たるものとし、口コミを巻き起こす=市場に見つけられる情報発信となる。すなわち、工務店にとってインバウンドマーケティングの重要性についてもお伝えしました。

 今回からはその理論を実践に落とすべく、足元から順番に自社独自のマーケットの構築方法(マーケティング)の解説を進めたいと思います。基礎構築は大変重要ですのでじっくり説明します。遠回りのように感じるかもしれませんが確実な一歩です。

 

ビジネスモデルとは理論構築である

 マーケティングへの取り組みの全体像・目指す方向が明確になり、生涯顧客の創造によって将来にわたって自然に集客、売り上げが出来上がるイメージが出来れば後は実践に取り掛かるだけです(イメージできなければ、繰り返し第2 回を読んでください)。

 P(顧客の信頼を得る方法論)D ( 誰がどのように行なうか)C(生涯顧客となっているか)A(量と質の改善)のサイクルを繰り返す事で、段階的、螺旋的に販促に頼らないビジネスモデルが完成に近づいて行くはずです。

 販促に頼らない=反響営業からの脱却は外部環境の変化が激しく、また大きく左右されやすい建築業界において先行きの不安を解消すると共に、麻薬のように使い続ける多額の宣伝広告費を浮かし利益構造を一変させます。まさに骨太の地にしっかりと根を張った自立循環型経営への転換の第一歩となります。

 

事業の目的の明確化と共有

 では、工務店とって必要なビジネスモデル構築の、最も重要である基礎となる部分は、どのように構築すればよいでしょうか。

 私はその答えは「なんのために?」という問いに答える事だと考えています。もう既に始まっている、不正、不誠実、偽物が排除される『本物の時代』へと本格的に移行したとき、生涯顧客を創るには顧客に対して絶対の責任を負う覚悟が求められます。それは、「なんのためにこの事業を行っていますか?」という問いに経営者が答える事ではっきりとします。非常に言いにくいですが、正直に申し上げると、(実際に口にするかしないかは別として)「今だけ、金だけ、自分だけ」という価値観で仕事をしている経営者を私はこの業界で大勢見てきました。

 そこまで極端ではないにしても、建築業界にどっかりと横たわる悪しき慣習は未だ数多くあり、表面だけ取り繕った対処で誤魔化す、「本当はよくないんだけどね」と根本的な問題をやり過ごすなんてコトは元請け、下請けを問わず、建築、不動産を扱う業界では未だに珍しくないのではないでしょうか。特に現場での労働環境にまつわる諸問題は現在の職人不足を引き起こした大きな原因であり、厳しい言い方をすると、それらは結局、根本的には「今だけ~」と同じパラダイムであり、単に程度の差があるだけです。

 

 「なんのために?」という問いは事業の目的をあぶり出し、経営者の理念、思想、哲学をはっきりとさせてくれます。そしてその答えが顧客にとって価値あるもので、市場に必要とされていることが大前提となり、共に働く従業員が理解、共感して実務の際の判断基準、方向を指し示す羅針盤として機能したとき、初めて全体的な理論構築の基礎が出来上がると考えます。職人集団だった弊社では、顧客のクレームがある度に、「オレらに必要なんは顧客からの信頼や、銭金の問題やない、全部やり直してこい!」と言って現場の採算をまるっきり度外視して大幅な手直し工事を行う事で、社員職人に小手先で誤魔化さない工事を行わなければならないことを肌感覚で叩き込んできました。その感覚の共有こそが理論構築の下支えとなっています。

 

経営理念の実践者は誰?

 『事業の目的』=『経営理念の実現』とよく言われますし、私も目的を質問されるとそのように答えます。なので社内外に経営理念を明示して、事業を通して実現する理想を知らしめ、理解者を募ります。原則論からすると、顧客も従業員もその経営理念に共感し、価値を感じて共に行動する事を選択する、しているはずとなります。

 経営理念実現が事業の目的である以上、営業、設計、施工、アフターメンテナンス等、実務の全てにおいてその考え方や価値観が反映されているべきで、経営理念自体は経営者が考え、掲げるかも知れませんが、実際は顧客接点となる従業員、協力業者、各職方が経営理念の実践者となります。この価値観の共有、方向性の認識が明確になっていてはじめて顧客を生涯顧客に変化させる入り口に立てると考えます。

 

 しかし、残念なことに経営理念は立派な言葉で書に認めて、額に飾ってしまいがち。元は経営者の想いを端的に言い表して広く皆に理解してもらおうと考えられたはずですが、末端の社員の煩雑な日常とは関係のない高尚な飾りになっている事が少なくありません。ましてや、社員以外の職人さんにとっては関係ない世界のお題目になっており、聞いた事もないし、覚える気も、その必要もないと思われている事も少なくありません。

 最も顧客と接点を持つ実務者が『なんのために』現場での作業を行っているのか分からずに、「今だけ、金だけ、自分だけ」のパラダイムで働いていたのでは顧客は生涯顧客になどなってくれる訳がないのです。

 

マーケティングは『在り方』から

 「あらゆるモノは陳腐化する」とピーター・F・ドラッカー博士は言いました。経営理念もやっぱり時代の流れ、人の入れ替わり、経営者の成長や成熟に伴い必ず陳腐化します。経営理念とマーケティングは別物だと思われる方もおられるかも知れませんが、どの様な事業においても先ずは「なんのために?」という問いに対する答えを経営者、従業員、協力業者、職人の顧客に関わる全ての人と腹の底から理解し、共有する事が必要だと考えます。そして、この部分こそがビジネスモデル、理論構築の基礎であり、常にPDCA のサイクルを以てブラッシュアップを繰り返すべきではないでしょうか。

 

 弊社でも今年に入って経営理念を刷新しました。それまで掲げていた経営理念「建築業を通して地域社会に貢献する」では、地域社会とは身近な者から、先ずは社員、そして協力業者や職人の生活の安心・安定を優先し、それが出来てこそ顧客・地域住民への貢献が出来る、と説明してきました。それをより分かりやすく、事業の目的を明確にするために「もの作りの本質、作り手を守り育て地域社会に貢献する」と書き換えました。私が主宰する『職人起業塾』に参加されている企業の経営者には、現行の経営理念が本当に従業員や協力業者に理解、納得されているか、普段の業務の指針となっているかを繰り返しチェックしてもらっています。

 

 ジェイ・エイブラハムのマーケティング理論を学ばれた方の殆どは、マーケティングの入り口、基礎は『在り方』だと口を揃えて言われます。自らの在り方を正し続けなければ持続・継続出来るビジネスモデルの構築は叶わない、そして、その在り方は顧客接点の全てで発揮出来てこそ、はじめて意味をなすと。そして、世界で最も読まれているビジネス書、『7つの習慣』の中の第五の習慣にも「まず理解に徹し、そして理解される」という一文があります。「今だけ、金だけ、自分だけ」とは全く逆の「長期的な視野を持ち、目先の利益に囚われず、他者貢献を優先する」アタリマエと言ってしまえばそれまでですが、人としての信頼を勝ち得る原理原則に則ったパラダイムを社内に浸透させる事が出来なければマーケティングという未来の売り上げを作り上げる理論構築をなし得る事は出来ません。

 

 非常に時間がかかり、面倒な手間ではありますが、何度も繰り返し『なんのために?』を考え、自分達の『在り方』を正し、その解を経営者と共に顧客接点となる全てのステークホルダーが共有出来る組織づくりこそ、生涯顧客を創造する状態へと歩を進める第一歩となります。まさに『状態管理』の基盤を造り上げる事が出来るのです。

 

第3回のチェックポイント

●「経営理念」陳腐化していませんか?

▢ 社員の「実務上の判断基準」として、経営理念が機能していますか?

▢「 今だけ」のパラダイムから抜け出せなくなっていませんか?

「在り方」を正すことが未来の売り上げ= 生涯顧客をつくる

「なんのために?」を問いかけよう

 

 次号では、理念、方向性を共有した組織が実際の行動を起こして結果を叩き出すために必要な意識改革について書き進めたいと思います。

 状態が整えば後は行動を起こすのみ。しかし、やらねばならない=やる、と単純に行動に移せる人は以外と少ないもので、特に職人や現場監督といった現場実務者は、技術者特有の硬い殻に閉じこもり変化への拒絶反応を示しがちです(私も大工出身ですが)。しかし、行動を起こすのは経営者ではなく、あくまで顧客接点である実務者でなければなりません、マーケティングプラン、アクションが奏功するか否かは現場実務者の意識改革にかかっていると言っても過言ではありません。

 事業は目標設定と問題解決の繰り返し。そして解決すべき一番大きな問題は『顧客接点』であり『現場従事者の意識』です。引き続き職人の意識改革を基盤として販促を一切無くし、年間受注の95%をリピートと紹介で賄うようになった私達が取り組んで来た職人的マーケティングの要諦を具体的にご紹介します。

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