第7回 未来を食いつぶす経営と未来をつくる経営

2018/11/2616:10203人が見ました

経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、経営意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。今回は、未来の売り上げをつくるために必要な取り組みの考え方について解説していただく。(編集部)

 

 前回では現場基軸のマーケティングの構築には人材育成への取り組みが不可欠であることを説明しました。職人をはじめとする技術系の社員に対する意識改革、コミュニケーション研修等、技術以外の教育を行い、顧客との接点に関わらせることで、顧客接点の強化、業務の効率化、伝達不備などのリスクの軽減、そして現場でしか気づかないような細やかな確認を行うことができる。真の顧客満足を勝ち取り、単なる顧客から生涯顧客へとランクアップさせることで確実に未来の売り上げを蓄積することができると、現場実務者による顧客接点の重要性とマーケティングとの関係をお伝えしました。今回はそこに着手するマインド、パラダイムについて書き進めてみたいと思います。

 

現場で必要なのは単なる作業にあらず

 現場で顧客との強い信頼関係を構築し、次の仕事に結びつけるという考え方は一昔前の町の大工さんが棟梁と呼ばれ、顧客の窓口から設計、施工管理、施工、アフターサービスまで一貫して行っていた頃には当たり前に行われていたことで、珍しくもなんでもないシステムです。しかし、大手ハウスメーカーが席巻し、リフォームという新しい業態が生まれ、そして顧客のニーズも大きく変わった現在では元請け大工という個人事業主、また大工の延長線の職人系工務店は壊滅的な打撃を受けて多くの大工は下請け職人、下請け工務店に成り果ててしまいました。その結果、細かすぎる程の分業化が進み職人は決まった図面通りに正確な作業を行う、大工というより木工職人、もしくは内装下地をつくる職人という存在になってしまいました。

 しかし、「現場での収まり」という言い方を今もよく耳にしますが、建物の出来上がりは図面やパース、模型だけでは表現しきれない部分も多く、また表現できていたとしても建築のプロではない顧客にその内容が全て伝わることはほぼ皆無と言って過言ではないと思います。細かなところまで説明しなくても別に大きな問題ではない、と思われる方も多いかも知れませんが、出来上がる成果物に対して漠然とわかっていないことがあるのを顧客は認識しており、何を確認したら良いかも分からない不安を抱えている可能性は否めません。

 現場で行うべきは決まった作業のみにあらず、顧客とのコミュニケーションであり、信頼関係の構築であるべきです。私の経験則からすると現場で工事の進捗に合わせて、一つずつ細かな収まりを確認することは、モヤモヤとした顧客の潜在的な不安を解消させ本当の顧客満足につながると、自分自身が大工として現場に従事していた頃から肌で感じておりました。現場実務者の顧客接点の強化は実際に行ってみて初めてその効果の大きさが分かると思っています。

 

未来を形成するのは緊急度は低いが重要なタスク

 私がここで繰り返し書き連ねるまでもなく、経営者の皆さんは人材育成、社員教育の重要性について十分に認識されていると思います。しかし、現場実務者に対して技術的なスキル以外の、人間力を高めるような取り組みを営業職と同じように行うには高いハードルを感じられるのではないでしょうか。また、職人や現場監督ら実務者自身も技術的なスキル以外の研修を自分が受講する必要性を感じることができずに前向きになりにくいとも思います。目先の売り上げ、利益、クレーム対応など、緊急度の高いタスクに対する迅速な対応は絶対ですが、『未来』をつくるには緊急度の低い重要なタスクに向き合うことが非常に重要です。その意識はあらゆる問題の根本的解決、マーケティングの構築に欠かすことはできません。『7つの習慣』のスティーブン・R・コヴィー博士は毎日の時間の使い方を緊急度と重要度の2軸で4つの領域に分けて、緊急度が低く重要度が高いタスクへの時間配分を『第2領域』と名付けられました。この第2領域への注力こそが、未来をつくり上げるアクションとなります。

 今行っても、行わなくても明日は大して変わらない、しかし、その取り組みを継続させ、習慣、そして会社の仕組みに落とし込むことができれば、1年後、5年後、10年後と時間の経過に伴って圧倒的な成果を手に入れることができる可能性があります。

 例えば、毎日のブログなどの情報発信、毎月のニュースレター、資格取得のための勉強や研修への参加、知識を広げる読書や人間力を鍛えるお稽古事、健康維持のための運動、実務に置き換えると顧客との関係性を深めるイベントの開催やアフターメンテナンス訪問なども全てこの第2領域に含まれます。どれも思いつきで単発の行動を起こしても、全く何の成果にも結びつきませんが、ひとつ一つのアクションは些細でも長期間にわたって継続することで、地域ナンバーワン、業界ナンバーワンの座を手にすることも可能となります。

 もう少し視点を広くすると、これまであまり行われてこなかった現場実務者への技術以外の教育、意識を変えるマインド面での研修こそモノづくりを本質とする工務店として強みを発現させる未来へのアプローチだと考えています。

 

「今だけ、金だけ、自分だけ」という未来を叩き潰す選択

 職人起業塾での研修を通して繰り返し訴えているのは日々の業務の中で未来をつくる選択をしているか否か?です。マーケティングとは売り込まずに自然に売り上げ利益が上がるシクミであり、未来を作る方法論です。目先の利益、時間の短縮、面倒が少ないと横着な思考で顧客やステークホルダーの信頼を叩き潰し、未来を食いつぶす選択をしていないかという問いかけです。

 わかりやすい例え話で金の卵を産むガチョウの寓話を引き合いに出して、折角神様に金の卵を産むガチョウを授かったのに、今すぐにできるだけ多くの金の卵が欲しいとガチョウの腹を割いてガチョウを殺してしまい、貧乏人に戻った農夫のような愚の骨頂をしていないか?と訊くと、誰しもがそんなバカなことはしないと答えられます。しかし、ここ最近の報道を見てみると日本の大企業は、東芝の粉飾決算問題発覚による経営危機、シャープが家電エコポイントの時期にOEMの契約履行をせずに自社製品ばかり生産販売し、その後工場の稼働率が低迷して経営危機に陥り台湾企業の傘下に入った、三菱自動車の燃費数値の改ざんにより日産に吸収された等々、目先の利益をあげるために人として当たり前のことをせず、市場の信頼を失い、立ち直れない程のダメージを受けたというニュースは枚挙に暇がありません。まさにガチョウの腹を割いて未来を叩き潰す思考と選択そして行為です。

 日本を代表する大企業の例を挙げても他人事と思うかもしれませんが、実はこのような選択は私たちの毎日の業務の中に常に潜んでいます。もう少し細かな実例を挙げると、職人が自分にしか分からないような工事の少しのミスに気付いてやり直すか、黙って見過ごすかであり、設計者が契約後、もしくは着工後に顧客にとってベターな提案を思いついた時、工事を止めて再提案を行うかであり、営業があからさま資金計画に無理がある顧客の案件を銀行が融資を了承してくれたからと着手するかであり、経営者が社員教育や就労環境の整備ではなく、利益確保、内部留保の蓄積に執着するかです。これらの選択はその場は何事もなくしのげても後で必ず露見します。建築業界に限らず、全ての人は毎日、金の卵(=目先の利益)と金の卵を産むガチョウ(=未来の売り上げにつながる信頼)のいずれかを選択し続けているのです。

 

必要なのは対処ではなく予防

 建築事業は一つの案件に非常に多くの人と物が介在します。そして非常に厄介なことに、出来上がれば終わりではなくそこがスタートであり、引き渡した建物自体はもちろんですが、顧客が住まい出してからも延々と続く暮らしに対する安全や安心を担保しなければなりません。顧客のヒアリングから始まり設計、見積もり、施工、アフターサービスと長く複雑な過程を経て、それらの全てに問題がなければやっとその顧客は真の顧客(=生涯顧客)となり、競合のないリピートの注文や新規顧客の紹介をしてくれて未来の売り上げをつくってくれるようになります。しかし、心無い人(金の卵を選択する人)が一人混じっているだけで全ての努力が一瞬にして水泡に帰すことになってしまいます。そのリスクを消し去る全体のマネジメントの難しさを考えると気が遠くなりそうですが、私たち工務店は勇気を出してそこに取り組まなければならないと思います。しかし、その難しさ、面倒さゆえに顧客ストックを積み重ね、活用する自立循環型のビジネスモデルではなく、常に新規顧客を追い求める訪問販売やテレアポ営業など一般消費者への強制介入を繰り返す業者が今も多く見られます。そして、程度の違いはありますが、それらをもう少しマイルドにしたチラシや雑誌へのマス広告を使った反響営業が今の工務店業界、リフォーム業界のスタンダードとなっています。しかし、これまで繰り返されてきた消費税増税後の冷え込みを教訓とするならば、反響営業は外部環境に大きな影響を受けるのは誰しも認めるところであり、チラシなどの広告による集客は競合他社との血みどろの戦いを強いられ、競争に勝てたとしてもマーケットに引っ張られた厳しい低利益率での受注から抜け出すことは非常に困難です。マス媒体でのオープンな広告宣伝は強みを訴えてもすぐに真似され、せっかく見出した独自性はあっという間に埋没してしまい、反響は時間、回数と共に確実に落ちていくことを私たちも散々経験してきました。

 広告宣伝が全て悪いとはもちろん思いませんし、地域での自社の存在、認知を広める活動は非常に重要です。弊社でも地域では最も大きな路面看板を立てて地域住民へ存在を強くアピールしています。しかし、マス媒体を利用した宣伝広告の反響に頼って売り上げをつくり続けるというのは、あくまでも短期的な視点での対処であり、企業の大きな目的でもある存続し続けることへの根本的な解決にはなり得ないと考えています。この秋にはまた消費税が増税される予定となっておりますが、増税後の消費マインドが冷え込んだ時、販促活動を活発にしたからといって売り上げの維持ができると確信を持っておられる方は少ないのではないでしょうか。必要なのは新規集客という『対処』だけに頼るのではなく企業としての地力をつける『予防』への意識だと思うのです。甚だ面倒ではありますが、それがモノづくりの本質である現場マネジメントを見直し、生涯顧客の創造を地道に積み重ねる意味であり、意義です。

 

鑿を研ぐ大工、研がない大工

 よく耳にする木こりのたとえ話で、刃を研がない木こりは労力と時間をかけて力任せに斧を振り続けてもなかなか木を倒すことはできないが、少しの時間をとって、刃を研ぐ習慣を持った木こりは斧を振り始めるとあっという間に木を倒すことができるという話があります。建築の世界に置き換えて造作をするのに切れる鑿を持つ大工と、刃がついてないような鑿しか持っていない道具の手入れをしない大工との違いで考えてみても分かりやすいかもしれません。鑿を研ぐ習慣を持つ大工は仕事が早いだけではなく、美しい仕上がりを生み出します。そこに信頼が生まれ、特命で工事の依頼を受けるようになります。それを繰り返して高い評価を得て、お願いされるくらいまで信頼を勝ち取れば、時間もお金も余裕を持って、大工が納得ができるさらに質の高い仕事ができるようになります。あくまでも例え話ではありますが、毎朝の刃物研ぎの習慣を持つだけで、大工としてだけではなく人としての生き方が根本から変わる可能性を秘めています。

 その圧倒的な成果を生み出すスパイラルを、事業に取り込むことができれば、企業の未来を大きく変えることができます。それこそが第2領域への取り組みです。現場実務者への教育や人材の育成、全体的かつ繊細な現場マネジメントによる生涯顧客の創造、宣伝広告に頼らない顧客のストックを生かせる仕組みづくり、これらは全て対処ではなく予防の考え方であり、刃を研ぐ習慣を持たなくては叶うことはありません。緊急性の低い、重要なタスクにこそ未来があり、そのアプローチの重要性を経営者のみではなく、社員、ステークホルダーの全員が理解し、取り組む意識を持つことからマーケティングのアクションは始めるべきだと考えています。

 

第7回のチェックポイント

● 未来へのアクションを怠っていませんか?

▢ 緊急度は低いけど重要なタスクに取り組んでいますか?

▢ 即効性のあるチラシに頼って新規客ばかりを追い続けていませんか?

目先の課題への「対処」だけでなく、長期的な視野に立った「予防」的取り組みが必要

 

 今回はマーケティング理論から起こすアクションを下支えする基本的な考え方について整理してみました。第2領域への注力、対処ではなく予防の考え方にパラダイムシフトすることができなければ、原理原則に基づいたマーケティングの構築は絶対にできません。特に情報発信をして市場に見つけてもらい、独自のマーケットを作り上げるインバウンド・マーケティングの取り組みは即効性が薄く、こんなことをして意味があるのかと懐疑的になりがちです。そしてそれは人材育成や社員教育にも言えることだと思います。種を蒔いて芽が出て、樹に育つがごとく、当たり前の積み重ねを行うには思考の根本のパラダイムを事業所ぐるみで変えることが必要ではないでしょうか。次回は、産業革命を凌駕すると言われている情報革命に対する予防と上述のパラダイムシフトができないときに被るリスクも合わせて考えてみたいと思います。

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