第8回 本物の時代の到来

2018/11/2616:2952人が見ました

経営を圧迫する急激な職人不足と販促費の増加。仕事をつくるための販促費の捻出のために、職人の賃金を抑え、結果として、仕事が取れても仕事をする職人がいなくなるという悪循環にはまる。すみれ建築工房(兵庫県神戸市)の高橋剛志社長は、販促費にかかる経費を職人のために回すことで、経営意識の高い職人を強みとしたインバウンド・マーケティングを実践し、業界の抱える悪循環の克服に取り組んでいる。その極意を全12回の連載で伝えていただく。第8回となる今回はネット社会における工務店のマネジメントの重要性を説く。(編集部)

 

 前回はマーケティング(=未来の売り上げを確保する仕組みづくり)に取り組むために必要なパラダイム、基本的な考え方について整理してみました。いたって当然ではありますが、未来を創るアクションを起こすには、目先の緊急なタスクばかりに囚われ、追い回されていては一向にその時間が取れないままとなります。目の前の緊急かつ重要な事象には迅速な対応をしながらも、常に未来を見据えて、緊急性の低い、しかし重要な事柄へのアプローチを積み重ねなければ絶対に未来が見えてきたりはしません。

 逆に、たとえ小さな行動でも、仕組み化し、習慣に落とし込んで日々積み重ねる事が出来れば時間の経過と共に大きな成果を手に入れることは難しくないと、「千里の道も一歩から」「塵も積もれば山となる」等々、古くから多くの人がその法則性を訴えてきました。「第2領域」こそが未来へのアプローチへの入り口であり、目標を達成し、成果を出す状態管理思考の要諦でもあります。

 また、状態管理の考え方は成果を出すと共に、リスクに対する予防の側面を有します。状態を整える事で、トラブルやクレームへの対処に追われる事なく計画を粛々と進めていく体制が整い、ぶれる事なく真っ直ぐに目的に対して突き進む事が出来るようになるのです。

 

より重くなるクレーム処理

 「クレーム産業」と呼ばれるほど、私達建築業者は多くのリスクを抱えています。仕上がりへの不満は元より、顧客への説明不足や伝達の不備、イメージの食い違い、また、品質とは関係のない部分でも現場に携わる多くの人の態度や些細な言動が大きな問題になったりもします。

 そもそも、実際の商品を確認してから購入してもらうわけにいかない建築業は、どんなに細かな設計図書を書き上げ、パースや模型でイメージを伝えたとしても、建築の知識のない顧客に対し全ての理解を得るのは至難のワザで、伝えたつもりが伝わっていない事などいくらでもあります。

 また、近年の建築業、特に顧客が住んでいる住宅で工事を行うリフォーム現場では、工事の実務以外でも挨拶や養生、掃除、駐車の仕方までこれまで以上の細かな配慮が求められ、サービス業の色合いが非常に強くなりました。職人といえども正確な作業だけ出来ればいいというわけではなく、顧客対応において、最低限のコミュニケーションスキルが求められるようになっています。そして、一旦クレームが発生すると請負代金の回収が難しくなることから、利益度外視でクレームの火消しに躍起にならねばなりません。

 

業務フローで防ぐ

 クレームを出さないこと、その予防に務めることは私たち工務店経営者にとっては大きなテーマであり、信頼関係を構築しやすい集客に絞り込み、業務フローを整え、細かな確認を行うマニュアルを作り、重要事項説明書に署名をもらうなど、リスク回避に努めてきました。現場での顧客窓口を社員大工に担当させることで、イメージと実物の齟齬が生じないように確認・修正を行いながら工事を進めるようにしていますが、残念ながらいまだに完全にクレームを撲滅するには至っておりません。

 顧客は一人として同じ人はおらず、千差万別であり、感じ方、受け取り方、理解度、気になるところも全員違うのです。そんな中、我々が今置かれている環境を見渡すと、これまでとこれからとでは、大きくそして劇的な変化を迎えていることに気づかされます。それは、産業革命を凌駕すると言われる情報化革命に他なりません。

クレームの防止には、現場の職人を含めたコミュニケーションスキルがより重要になっている

 

情報革命の荒波

 インターネットの普及によって端を発した情報化革命は建築業界にも大きな変化をもたらしました。事業所の存在の告知、集客、設計図書、積算、見積もり、顧客管理、業務管理、顧客との連絡方法までこの十数年で以前とは業務の内容もやり方も全てがガラッと変わってしまったのはご存知の通りですが、ここに来てその変化が一段と加速して大きな荒波となって業界全体を飲み込もうとしています。それはスマートフォンとS N Sの普及、そして子供の頃からI T 機器を使いこなして来た若者が顧客層へと成長してきたことです。

 誰もが今すぐ、その場で情報の発信と取得ができるというのは、帰宅してから検索して調べてみようとか、ブログに書き残しておこう、といったワンクッションがありません。疑わしいコトはその場で容赦無く調べて判断するし、納得できないものには不平不満をtwitterで呟くかもしれません。そしてその先のインターネットの大海には、真偽の程は明らかではないにしてもありとあらゆる情報が蓄積されています。ジャンルを絞り専門的な情報を一週間程読み込めば誰でもある程度は事情通になった気分を味わえる時代は、私達建築の専門家よりも詳しい知識を持つ顧客を生み出しました。「これが普通です。」と業界独特の慣習だと押し切って来た設計や施工、祭事の執り行い方、顧客との打ち合わせ回数まで、きっちりと理論武装をして説明できる準備を整えておかなければ、そんな常識は通らないと、クレームになるリスクは今までとは比べられないほど大きくなっています。

 

本物の時代の到来

 情報化革命は良いことも悪いことも含め、社会に大きな変化をもたらしました。「この世に生き残る生き物は、最も力の強いものか。そうではない。最も頭のいいものか。そうでもない。それは、変化に対応できる生き物だ」という有名な言葉がありますが、私達は大きく変わらなければ生き残れない時代に差し掛かっています。それは、嘘偽りが一切効かない、誤魔化しや不誠実などあらゆることが白日の下に晒される、そして世論に翻弄され徹底的に裁かれる時代であり、そこで生き残れるのは本物だけ、本物の時代の到来です。

 言葉にするのは簡単ですが、この変化に対応するのは生半可なことではありません。周りを見渡すと規模の大小に関わらずこの社会の急激な変化を認識せず、存亡の危機に瀕しているもしくは消えてしまった企業や人の例は枚挙にいとまがありません。

 例えば舛添前都知事、辞任に追い込まれた発端は、海外視察の旅費が高すぎるとか、公用車の私的使用など、非常に些細な問題の発覚でした。情報化革命の荒波が押し寄せていることに気付かなかった舛添氏はその場しのぎとも取られかねない釈明を繰り返し、納得のいかないマスコミ、そして都民は次々と彼の問題をネットに流し続け、最終的には「適法だが不適切」という迷言を残して辞任に追い込まれました。

 問題の発覚当初、舛添氏本人も周りの人もここまで執拗な追及が繰り返されるとは予想できなかったのだと思いますが、本物の時代の認識があれば、始めの時点で自ら政治家の慣習となっている雑費を政務活動費に計上してしまっていたことを告白し、遡って清算するなど、自分の在り方を正す行動を取れば、きっと今も知事を続けておられたのだと思います。

 

 インスタント焼きそばのペヤングは異物混入がネット上で話題となりました。

 それを受けて市場に出荷した商品を全て回収、在庫も含めて全ての商品を焼却処分とし、製造ラインを停めて二度と同じ問題が起こらないように点検と改善策を実施しました。数ヶ月にもわたり販売を中止、全く売り上げがない状態から製造・出荷を再開したところ、ネット上ではペヤング祭りと称されて販売再開を喜ぶ投稿が相次ぎ、居並ぶライバルを抜いてシェア1位の座に躍り出たのです。消費者はペヤングの企業姿勢を本物だと評価したのではないでしょうか。

 逆に同じように異物混入問題が取り沙汰されたマクドナルドはそのままズルズルと販売を続け、消費者の心を逃し赤字へと転落てしまいました。企業の消費者に向き合う姿勢、企業の在り方が伝わることによって、天国と地獄に分かれる本物の時代に既に移行しているのです。

 

リスク意識の末端への浸透

 前述の例を教訓として、私達の業務に置き換えて考えてみると、リスクの回避は経営者が在り方を正し、目先の利益に囚われずに顧客へ本当の価値を届ける決意と覚悟が必要です。その在り方が顧客に伝わり、理解されるとその顧客は生涯顧客となってくれて、未来の売り上げに必ず寄与してくれるようになるはずです。

 しかし、建築業は成果物を顧客に渡すまでに多くの人やモノが介在し、そのうちのどれか一つでも不具合があれば、顧客の満足を得ることは出来ません。そして、出来上がった建物を引き渡した後も建物が存在する限りその責任を負わなければならないという厄介な業態であり、引き渡し時にいくら顧客に喜んでもらっても、住み始めてから不具合が発覚したり、アフターサービスに不備があったりするだけでそれまでの多くの人の努力は水泡と化してしまいます。

 設備職人が水栓金具を取り付ける際、ネジにシールテープを巻いてねじ込んでいきますがカラン(ハンドル部分)が真上になるところで留めなけれなりません。ほんの少しいき過ぎたからといって1 ミリでもネジを逆に回して戻すと後々に水漏れが起こります。まともな職人であれば絶対にしないことですが「ほんの1 ミリくらいならいいか」と、一度取り外してやり直す手間を惜しむと数年経ってから大きなクレームが発生することになります。そしてその対応によっては、会社名を挙げて全世界に悪評を広げられ、経営難に陥る可能性さえあるのですが、残念ですがこのレベルまで現場管理者には絶対に管理することは出来ません。

 経営者の決意と覚悟は実際にものづくりを行う建築現場で作業を行う末端の職人まで浸透していなければ何にもなりません。現場に携わる全ての人が本物の時代の到来を強く認識し、一つの判断ミスが会社の存在を根本から揺るがすような大問題に発展する可能性があることを理解する必要があるのです。

 

意識改革こそ革命の荒波を乗り越える鍵

 要は今まで通りではない現場での高い意識を作業に落とし込むマネジメントが必要となるのですが、最も有効なのは現場に常駐する職人に対して意識変化を働きかける教育だと思っています。現場を管理するのではなく、理解を促し、リスク意識を共有し、何の為に工事を行うのかという高次の目的意識を浸透させること。実際にモノ作りの現場で作業する職人が経営者と同じ決意と覚悟、そして理念を持ち、経営者と同じ判断ができるようになれば、クレームを根本から叩き潰すことが出来、本物の時代への適応が果たせるようになると思うのです。

 「職人起業塾」では金の卵を産むガチョウの寓話を引き合いに出して、目先の利益と利益を生み続ける本体=信頼のどちらを選択するのかという設問を繰り返し行います。人は誰しも状況によっては安易な選択をしてしまうことがあると思いますが、情報化革命の荒波は違和感を感じる行為そのものに加え、間違った選択を行う「心」や人として、企業としての「在り方」までを白日の下に晒そうとします。自分自身の体験としてその執拗さに直面したことはありませんが、ちょっとしたボタンのかけ違いにより信頼関係にヒビが入っただけで、一方的な情報発信をされて地域での信用を大きく失墜した工務店経営者もおられます。

 誰もが常にそんな危険な場にいることを認識し、常日頃から危機感を持って襟を正して業務に向き合わなければなりませんし、そのマネジメントこそがこれからの時代に勝ち残る最低限の条件となるのではないでしょうか。

 

第8回のチェックポイント

● クレームになるリスク、一つのクレームのリスクが大きくなっていることに対応できていますか?

▢ 多くの人・技術が介在するものづくり企業である工務店。

 経営者に必要なのは目先の利益にとらわれず本当の信頼を届ける決意と覚悟

▢ マネジメントこそが根本的なクレーム防止の手段。

 実務者を管理するのではなく、共に高いリスク感覚を共有せよ

ネット社会は意識を変えるチャンス!すべての実務者の意識改革のきっかけとすべし

 

 今回は情報革命の恐ろしさとそのリスクに対する予防、状態管理の重要性について書き進めました。TV 等の報道でネットの恐ろしさをまざまざと見せつけられることが頻繁にありますが、情報革命はモチロン悪いことばかりではありません。これまで陽の目を見なかったキラリと光る小さな事業所にスポットライトが当たることもありますし、中小零細企業が情報発信することによってマスメディアに頼ることなく新規顧客に見つけて貰えるようにもなりました。

 さしずめ諸刃の剣といったところですが、その剣の恐ろしさをきっかけにして、現場に関わる全ての実務者と意識を共有するまたとない機会でもあると思うのです。ここで意識の転換が行われて、末端の職人までが経営者と同じ感覚で顧客に対する判断ができるようになれば、なかなか根絶やしにできないクレームを根本的に解決できる可能性があると思っています。18世紀の産業革命を凌駕するとも言われる21世紀の情報革命、前向きに捉えてチャンスに変えたいものです。

 次号では地域の零細事業者でも情報発信によって価値を見出して貰える今の時代に、訴えるべき価値、地域の工務店としての存在意義について考えて見たいと思います。

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