私は神戸市で創業20年の「建築事業」と「地域コミュニティー事業」を生業とする株式会社四方継と、全国の建築建築実務者向けに潜在的な才能を開花させる研修と、建築事業者向けに職人採用、育成のサポートを行う一般社団法人職人起業塾の2つの法人の代表を務めています。この二つの事業に共通するのは私が起業した際に掲げたシンプルなミッション、「職人の社会的地位の向上」です。
それはミッションを叶える為の持続可能な循環型ビジネスモデルの構築を通して、職人不足やものづくり系の事業所の衰退等、長年私が建築業界に身を置いて身近に感じてきた社会課題を解決したいとの想いです。今回から数回に分けて、最近漸く建築業界でも注目を集めだしたサスティナビリティの観点で、持続可能な工務店モデルへシフトする条件を経営資源を切り口に考えてみたいと思います。
第五の経営資源
私が長年信奉する原理原則論「成果は状態に由来する」から鑑みれば、持続可能な事業者になるにはその状態(経営資源)をいかに整えるかにシンプルに集約されます。一般的に経営を行うのに必要な資源は人、モノ、カネ、情報と言われます。最近では、弱肉強食のゼロサムゲーム、金が金を生み出して大きな資本を持つ者が勝つに決まっている新自由主義的資本主義が世界中で閉塞感を見せはじめ、このままの延長線上には解決できない社会課題が多く存在する事が顕著になったのを機に、フロンティアスピリットに根ざした強欲資本主義の際限のない成長、発展を目指す思考から、持続性のある循環型の社会構造にシフトすべきだとの価値観に世界全体が移り始めました。国連でのSDGsの採択、ヨーロッパのドリオドス銀行の快進撃が話題になっているように、社会課題を解決する目的に特化した資産運用に限定したソーシャルバンクに多額の資本が集まっている現象は、明らかにこれからの世界では「共感」が必要な経営資源に追加されることを示唆しています。以下に人、モノ、カネ、情報、共感のそのそれぞれについて工務店の視点から持続可能な循環型ビジネスモデルに移行するのに必要な条件について考えてみたいと思います。
人の問題
まず初めに「人」の問題に目を向けると、現在の建築業界は圧倒的な若手不足、職人不足に陥っています。大工の人口推移を見てみると、1980年代に80万人いた大工が現在30万人になったとの統計が発表されています。20歳以下の若年層で統計をとると全国に2000人を切っているとも言われており、各市町村に1人いるかいないかと言うレベルまで未来を担う若手大工の数は落ち込んでいます。このままの減少率が続けば30年後には大工は絶滅することになってしまいます。実際、現在の建築現場を覗くと活躍しているのは50代〜60代の職方ばかりで、若者をほとんど見かけることが無い現状を見るとあながち大袈裟な予測では無いと感じます。建築のものづくりに携わる事業は、工事を行い完成しなければ売り上げは立ちません。しかも、1つの建物を建てるにはたくさんの職種の職人が携わり、どれか1つの業種でも欠けると完成ができなくなります。実際すでに、職人不足の余波で着工や完工が遅れて、売り上げを大幅に下げる事業所も出ており、建築業界全体で見れば若手職人の育成は最も緊急で重要な課題と言っても過言ではありません。
不人気職種の上に育成機関が存在しない
職人不足を根本的に解決するには、2つの大きな課題があります。1つ目は建築業を若者に全く人気がない職種から脱出させることで、これは3K(キツイ、汚い、危険)の改善と見た目のかっこよさを向上させるとかではなく、職人としての働き方が今の社会に適合していないと言う根の深い問題です。2つ目は徒弟制度の崩壊と共に人を育てる機関がなくなってしまったことで、若者が大工になりたいと思っても就職する先が存在しない深刻な問題です。
YouTuberが子供たちが将来なりたい職種のナンバーワンになっているのに象徴されるように、デジタルネイティブと呼ばれる今の若者たちは未来のあるIT関連の業界で楽しくスマートに働きたいとの志向が主流になっており、また、高校への進学率が99%になっている今、近年圧倒的に増加した非正規雇用で働く人たちの所得の低さが問題になった事も影響してか、仮に学生が高校を卒業して職人になりたいと言ったとしても、親も先生もやめておいたほうがいいと引き止めます。私が代表を務める株式会社四方継では15年前から職人の正規雇用を行なっておりますし毎年の様に新入社員受け入れていますが、一般的には職人の見習いで正社員として就職できる先は殆ど無いと言っても過言ではありません。
一人親方の職人はそもそも正社員雇用をする価値観がない業界で育ってきていますし、そんな体力もありません。見習い大工に有休を取得させるなど職人の世界ではあり得ないことです。多くのビルダーや工務店はハウスメーカーの小型版のようにプロモーションと販売に血道を上げて、工事の定義が施工管理を行うことになってしまっています。そこでは職人は外注扱いにする方が固定費がかからないし、組織もシンプルで収益性が高くなるので職人の雇用自体を行うことはありません。要するに、職人を育てる機関が存在しないのです。
建築業界壊滅へのカウントダウン
若者は全くと言っても過言で無いほど職人になりたがらない、現在活躍している職人はあと10年くらいで殆ど引退する。この事実を正面から見れば、今すぐにでも職人の育成環境の整備に取り掛かるべきなのは誰しもが理解できるし、認識していることです。実際、私が主宰する一般社団法人職人起業塾には少しずつではありますが新たに職人育成に取り掛かる事業所からの研修への参加が増えてきています。これらの事業所は新卒採用、正規雇用、労働基準法遵守という一般社会ではごく普通の形態で若者を受け入れています。しかし、業界全体から見ればそれも微々たるもので、大海に小石を投げ込んだ程度のもの。殆どの事業者は、今いる職人がいなくなったら、誰かが育てた職人を探して引っ張ってきたらなんとかなると思っているとしか思えません。
今活躍している職人がいるうちに若手の採用と育成に取り掛からなければ、技術を伝える者がいなくなってしまいます。あと10年、現状のまま何も変わらず推移すれば日本の建築業界は壊滅します。1日でも早く、建築事業者、工務店経営者には職人の正規雇用、育成への取り組みをスタートさせてもらいたいと思います。
建築会社の持続性を支える職人育成
職人の正規雇用、採用と育成が全く進まない最も大きな理由は「カネ」だと私は思っています。15年前、私は7人の大工を外注から正規雇用に転換しましたが、福利厚生費等で年間1000万円の経費が追加でかかりました。新卒の見習い大工を雇用すると3年間くらいは大して生産性に寄与しないので1000万円程度の先行投資を行うのだと覚悟を決める必要があります。この利益を圧迫すると考えられている経費、投資は本来、建築会社や工務店が存続していく上では必要な費用であり、それを削減してしまったのが、現在の職人不足の最も大きな原因の一つになっていると考えています。しかし、これでは持続可能なビジネスモデルの構築は絶対に叶わないどころか、建築業は職人の減少と共に徐々に規模を縮小してフェードアウトするしかありません。家づくりの際に顧客と約束したアフターメンテナンスさえも出来なくなり、自然災害が起きた際の対応もままなりません。街のインフラを支えている工事会社は職人がいなければ存在意義を失ってしまいます。顧客との約束を守り、地域の安全に寄与するには職人を育てるのが不可欠なのです。
次回は持続可能なビジネスモデル構築のための5つの経営資源の2つ目、その人を育てるのにネックになっている「カネ」の部分について書き進めたいと思います。
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職人育成へのトータルサポート*一般社団法人職人起業塾