職人こそマーケティングを学ぶべき理由。

2019/03/1116:58948人が見ました

あまりにも馬鹿げた経営戦略。

3年ほど前の話ですが、私が尊敬してやまない新潟のカリスマ工務店経営者S社長と初めて出会った時に同席していた大阪の高断熱高気密住宅のリーダー的存在のS社長が私の事を紹介するのに「高橋さんは大工工務店で社員大工を育てて、マーケティング理論を教え込むことで、現場から次の受注を取れる仕組みを作って、全く宣伝広告や販売促進をしない会社内です。」と紹介されました。奇しくも、その場にいた3名とも同じ歳だと判明して深夜のBarで大いに盛り上がったのですが、そのカリスマSさんは「それにしてもなんてバカな事をやっているんですか!」と、私の工務店経営の方針が信じられない突飛な事だと思われたようでした。確かに、見習いの大工に技術を叩き込み、一から育てるだけでも長い年月がかかるのに、営業としての特性を持っていないであろう大工に営業的な考え方や思考を浸透させて売り上げを作るなんて、ハウスメーカーの営業上がりの経営者には気の遠い話だと思われてもしょうがなかったと思います。(笑)

職人でもわかるマーケティング講座。

それから3年ほどの月日が経ち、現在、私は北は仙台、南は鹿児島まで全国各地で職人や施工管理者等の技術系実務者向けにマーケティング理論を切り口にした研修講座を行なっています。「人前で話すのが苦手です。」「コミュニケーションを取るのが下手なので大工になりました。」といった決して営業向きでは無い実務者が大半の研修ですが、丁寧に概念を伝え、事例を共有し、自ら行うことを考えてもらい、実践を促すと、半年間の研修で皆さん見違えるような変化を遂げて結果を出すようになられます。研修を受けて塾生さん達が変わっていくのを見るのは本当にうれしく、研修事業を行っているやりがいを感じさせてもらえます。そんな講座の中で私が熱く伝えている「日本式マーケティング論」と題して西洋から入ってきた薄っぺらいマーケティング施策とは一線を画す、本質的かつ実践的な方法論とそれを支える「あり方」を見直すところから始めるマーケティング理論の概要を今回はご紹介しておきたいと思います。

日本式マーケティング論。

日本式マーケティング論と言うのは、J・F・ケネディ大統領が最も尊敬する人物として世界中で紹介し、日本で最も有名な日本人とも言われる上杉鷹山公が財政破綻寸前の米沢藩を領主自らがあり方を正し、城中に愛と信頼の絆を作り上げる事から見事に財政改革を成し遂げて、弱小藩だった米沢藩を豊かな財政基盤を持った藩へと復活を遂げた例をはじめとする、日本に綿々と続く経済と道徳の一体改革こそが持続可能な経済基盤を作るという考え方で、幕末の備中松山藩の財政を立て直した山田方谷、「論語と算盤」で有名な渋沢栄一と続き明治維新後、世界の列強に追いつき自立独立の国家を守り通してきた日本の企業の姿勢、体質の元になった考え方とその実践だと言われています。

「三方良し」の商売感

そんな考え方を最も分かりやすく、シンプルに言い表したのは全国の小学校に理想の学生の姿としてその像が建てられたのがあまりにも有名な二宮金次郎、のちの二宮尊徳翁で「道徳を忘れた経済は、罪悪である。経済を忘れた道徳は、寝言である。」という言葉で経済活動と人としての正しい在り方の両立の重要性を説かれました。現代の日本でもてはやされている経営の神様と言われるドラッカー博士や世界中で最も売れたビジネス本と言われる「7つの習慣」を上梓されたコヴィー博士は大の日本通として知られており、繰り返し訪日されて日本人の持つ思想を研究されたと言われますが、ドラッカー博士やコヴィー博士が提言された原理原則からの経済論、成功論の根本は非常に東洋的でその源泉は上杉鷹山公、もしくはそれ以前から近江商人が守ってきた「三方良し」の商売感にあると言っても過言ではないと思っています。

在り方からはじめよう。

 

ドラッカー博士はその著書の中で「日本人がその意思決定過程に活用している原則(the principles)は,一般 (世界的に)に適用できる(generally applicable)ものである。それらの原則こそ効果的な意思決定の核心である」と書かれており、日本人が守ってきた「まず在り方を正すことで商売に好循環を生む」という考え方を世界中の規範とするべきだと説かれています。その証左として、世界で最も長く存続してきた企業は日本にあり、100年以上続く企業の数は世界で圧倒的に日本に多く存在します。際限のない規模拡大は地球の大きさが決まっている以上最終的にはありえないことを考えると、日本人が培ってきた持続継続する為のマーケティング理論こそが持続可能な社会を作る指針となるべきだと思っています。研修で学ばれている塾生の皆さんにはコストを含めた絶対的な顧客満足と、事業所が必要とする利益の両立を建築現場で叶える為に自分の役割で出来る事を考えてもらい、実践してもらいますが、とにかく、そのためにはまず、「在り方」を正す事からです。

マーケティングとはセールスの対極にある。

冒頭にカリスマ工務店経営者から「大工が営業なんて!」と笑われたと書きましたが、マーケティングとは実は営業では有りません。「在り方を正す」事から実務を見直して行動に移すと、自然と周りの人からの信頼が生まれて仕事を頼まれるようになる事例をご紹介します。新卒1年目の見習い大工の若者に自分の役割から行うべきアクションを考えさせたところ「挨拶と掃除を誰よりも行います!」と小学生並みの答えが返ってきました。「まあやってみたら、」としょうがないので取り組んでもらったところ、研修が終わった後にその工務店を訪問した際、社長が口にされたのは、先日たまたま新築の引き渡し式に会長が顔を出したみたいで、お施主さんが「いい家を建てて貰いありがとうございます。御社が特に素晴らしいと思ったのは、工事期間中、若い見習い大工さんが毎日、親方の30分前には来て、現場はおろか近隣の道まで掃除をして、出会う人みんなに気持ちのいい挨拶をされました。1日も欠かさずにですよ。こんな素晴らしい若者を育てておられる工務店に頼んで本当によかったです。これからもずっとお付き合いお願いします。」と言われたのを聞いて、涙を流して喜ばれたとの事でした。若い大工は自分に出来る事に集中して当たり前の事をしただけですが、このお施主様、もしくはその周辺で発生する建築にまつわる仕事は全てこの工務店に依頼されて大きな売り上げに繋がるのは想像に難くありません。

職人こそマーケティングを学ぶべき理由。

私が社内外の職人達にレクチャーしているのはマーケティング理論であり、営業研修とマーケティング思考の実務研修は大きく3つの点が違います。その違いの最も大きな点はノウハウを教えるのでは無く、自分の役割を全うする行動を自ら考えてもらう事で、教えるのでは無く、訊く、ティーチングでは無くコーチングである事です。二つ目は目先の売り上げ、利益では無く、中長期的な売り上げ、利益を得られる仕組みを習慣化から作り上げることで、半年間の研修の中で、決して難しい事では無い、誰でもわかっている当たり前の事を誰にもできないレベルまでやり切る練習をしてもらうカリキュラムを組んでいます。最後は自分都合の売り込みを排した本質的なコミュニケーション(相手の立場に立っての行動、判断)を元に顧客が「私の為に一生懸命に考えてくれている」という意図を伝える事で卓越した存在になる「在り方」でポジションを確保してライフタイムバリュー(顧客生涯価値)を引き受ける状態を作る事です。この3つを常に意識出来るようになれば、大工だろうが現場監督だろうが、お客様からひっきりなしにお声が掛かる質の高い集客を生み出せる、稼げる人になる事ができます。そして、顧客からの期待値が低い者ほど、その効果性が高い事を付け加えておきたいと思います。職人への技術以外の教育に取り組まれる事を強くお勧めします。

 

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