どうやら私が住まう神戸でも緊急事態宣言の再延長が決定するようです。5月末で収束を迎えることは無いにしても、緊急事態がそんなに長くなるとは思っておらず、出口が見えない閉塞感に日本全体が沈んでしまわないかが心配です。世界は大きく変わったのだと改めて実感することになりました。
平成の時代からこの2年間で劇的に変化したことはコロナによるパラダイム転換をはじめとして数えきれない程ありますが、私にとって最も大きな出来事は、2年前の改元の年に準備をし、2020年の年頭から20年間親しんだ社名を捨てて「株式会社四方継」という、建築のカテゴリーから飛び出す名前に変える程の意気込みで事業そのものを見直し、再構築したことであり、現在も「建築、暮らしのその先に」をスローガンに地域コミュニティー企業へと変容すべく現在も取り組みを続けています。それは、根本的な事業に対する価値観、世界観の転換で、当然、組織の在り方も同時に変容しなければなりません。今回から3回に分けてそのパラダイムシフトの最も底辺にある考え方について書いてみたいと思います。
目指してきたのは持続可能な世界
私が創業以来目指してきたのは、一言で言い表すと「持続可能な世界を次世代に残したい」という想いであり、持続可能な自立循環型社会、組織、そしてビジネスモデルの構築です。世界は有限であり、際限のない成長はあり得ない、無限の成長、拡大は最終的に破滅に向かうものであり、そこを目指すのではなく、世界は成熟へと進むべきで、一定の成熟を迎えた時に持続可能な循環型社会へソフトランディングすべきという考え方です。最近はサスティナブルとかSDGsなどの言葉が一般的にも普及して、義務教育の現場でも教えられており、珍しくも無くなりましたが、10年以上前に事業規模の成長、拡大に背を向けて、事業所の持続性に舵を切ったのは非常にマイノリティーな選択であり存在だったと思います。
その取り組みの一番わかりやすい最たるものが、大工の正規雇用化と若手大工の採用と育成、そして技術以外の人間力やコミュニケーションスキルの教育です。自社大工による責任施工が出来る範囲でしか工事を請け負わないと決めた時点で、事業規模の急激な拡大は不可能となり、福利厚生などの経費の増大で目先の収益性は顕著に下がりました。しかし、モノづくりの現場で社員大工が顧客との信頼関係を構築し、それが次の受注につながり、販促活動を一切不要とするリピート・紹介のみで事業を存続させる収益をあげられる態勢を整えられたのは、結果的に外部環境の変化に対して影響を受けにくい地力(持続可能性)を私たちにもたらしました。今で言う、顧客との関係性を資本に転換する関係資本的な事業構造を目指したのは昔ながらの三方良しと言われる日本的商売観であり、最近注目されている新自由主義的資本主義世界の次にくる共感社会、関係資本主義、サスティナブルな経営という概念でもあります。その当時「古くて新しい工務店です。」と自分達のことを指して言っておりましたが、最近になってそれを実感を伴って思い出しました。
タレンティズムとそれを生み出す状態
ダボス会議(世界経済フォーラム)という世界の最先端の思想家や経営者、経済学者、哲学者、アーティスト等が集う世界の進む方向性に大きな影響力を持つ会議があります。私が塾生として参加している日本随一の哲学者だと思っている田坂塾の田坂広志先生も参加されておられるこの集まりの最近の中心テーマは「資本主義の終焉」だそうで、次にやって来る世界について熱心に議論が交わされています。公開されている情報を見ると、これまでの株主本位の資本主義から、幅広い利害関係者を重視する「ステークホルダー資本主義」への移行がその論調の中心になっているようで、いわば日本の三方良しがグローバル社会で見直されているとのこと。ForbesJapanのウェブサイトでその参加メンバーで話し合われた仮説に、資本主義の先は「タレンティズム」ではないか、という記事が公開されています。
タレンティズムの直訳は才能主義と訳されることが多いのですが、その意図は日本に昔から存在し、原則論として今も語られ続けている「企業は人なり」の考え方であり伊丹敬之教授が唱えられた「人本主義」とも非常に近い考え方です。大きな観点からその概念を見ると、人にはそれぞれ無限の可能性と大きな才能があり、それを遺憾無く発揮できる組織、社会になることで、量的拡大の是非はさておき、人類は質的に大きく成長できるはずであるという考え方です。
日本企業の 人本主義システム
伊丹敬之 東京理科大学教授、一橋大学名誉教授
しかし、残念ながら、現在の欧米型資本主義経済の短期決算、短期収益を株主に配当して企業が評価される枠組みではこのタレンティズム(才能主義)はうまく機能することはなく、イノベーションが起こりにくいとされており、現在のヒエラルキー型管理組織から脱却して、人が人を管理しない、上下関係などなくしてメンバー個人の主体性に任せる自由度が高い組織に変革するべきだと言われています。この人の才能を最大限活かす組織構造こそ、新しい時代の基本的な枠組みとなり、貧富の差が加速度的に拡大し続けるなどの大きな問題を抱えた現在の資本主義経済の次を担うというのが一般的な認識となっていますが、社会や経済の課題を解決するには、まずミクロの単位の組織の改革が不可欠ということになり、人の才能を開花させるにはそれを生み出す環境や状態が必要との原理原則論に帰結します。
建築業界こそタレンティズムが必要だ!
資本主義の終焉が取り沙汰されるのは、現代における社会課題や、問題の深刻化が表面化しており、解決の道筋が見えないからだと思っています。人は明るい未来をイメージ出来ない時に、新たな道を探る必要性を感じます。その観点からすると、日本の建築業界はとりわけ時代の変化から取り残されており、元請け、下請け、孫請けのピラミッド構造は旧態依然のまま、それぞれの事業所や組織も全く変わる気配がありません。その悪い面が顕著に現れているのが、現場実務者の圧倒的な人材不足であり、特に現場でのモノづくりを担う職人は殆ど若手が活躍していない、絶滅危惧種に指定されても違和感がないような状況に陥っています。若者に見放された業界に未来はありません。早急に根本的な構造改革を行う必要があるのですが、その入口となる考え方がこの「タレンティズム」ではないかと私は思っています。
その理由として、元来、職人というのは、子供が大きくなったらなりたい職業の上位に大工が常連として上がっていた様に、非常にタレント性の高い職業で、かつて歴史に名を残す名工が多々存在した様に、大きな付加価値を生み出し、社会性も高く、やりがいのある職業だったからです。現代になって工種が細分化され、木工作業員と呼ばれても仕方がないくらい、決められた図面通りに現場で作業するだけになった大工でさえ、未だに施主からすると「大工さん」と一目置かれる存在であることもその裏付けだと思います。私は、大工に限らず左官や塗装、表装や板金等々全ての職人を単なる作業員から、本来あるべき姿:その道の専門家であり、施主の要望に対して想いを実現する提案と技術を発揮する存在に引き戻してタレント性を発揮する人材主義へシフトすべきだと思っています。この原点回帰とも言える変容を叶えるには根本的かつ全体的な構造改革が必要で、その部分については次回に詳細を書き進めたいと思います。
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