【連載第8回】 住宅業界における、DXの役割と限界。

2021/07/1215:58628人が見ました

 Livearthリヴアースの大橋利紀です。

 今回のテーマは「DXの役割と限界」について考察してみたいと思います。

 

日常に浸透するDX

 コロナ禍に入り早1年半が経ち、デジタルシフトが急激に進み私たちの生活は大きく変化しました。

 特にリアルのエンタメ(ライブ、コンサート、映画、美術鑑賞など)は、8割減となり、倒産する企業も相次いでいます。その中で動画配信サービス( Netflixやアマゾンプライムビデオ、YouTubeなど )の急速な普及とコンテンツの充実が目まぐるしく、おそらく全ての世代において生活への影響が顕著であると思われます。手のひらに納まるスマホや家のテレビで膨大なコンテンツの中から自分の趣味嗜好に合ったものを選びジャストオンタイムで楽しむことが可能です。しかも低価格で。

 

「質量」と「複雑性」の不足

この状況下で感じる問題意識としては、「質量」と「複雑性」の不足があります。

デジタルコンテンツは、制約のある画角と解像度の中で存在し、良質なものほど洗練されシンプルです。特にYoutube動画の視聴数が伸びているものは、誰が見てもわかりやすい表現と内容です。この状況が悪い訳ではありませんが私も一利用者して、この質量のない体験になれすぎて何の疑問もなく満足してしまうことへの危機感があります。

リアルなコンテンツには、五感を伴う身体性のある体験が必ずあります。リアルな事象は尺も長く、分かりやすいことばかりではありません。雑味や苦み、えぐみなどもあり、シンプルではありません。また答えの無いことも多く含みます。このような質量のある体験は、人と人との関係をつないでくれたり、アイデアを喚起したり、人生を豊かにしてくれるものだと考えます。また、そのためにお金も時間も費やす価値のあるものでもあります。

 

 

リアルがもつ価値を「住宅」に、意識的に活用する

 デジタルになくリアルにはある、「複雑性を伴う、質量のある身体的な体験」は、住まいに本質的な価値を与えるものであると考えます。その価値を意識的に住宅空間に活用することでより住宅は豊かなものになります。特に下記の3つの関係は身体性に大きく関わる部分になります。

 

① 素材と素材の関係性

多くの家に使用されているビニールクロスやビニールシート貼の建材は、好きな素材や色を印刷しコーティングしたものです。これらの均一で表層的な素材は、2次元的で奥行き感のないデジタル的な素材とも言えます。逆に木や石、土や塗壁は、素材の表面が凸凹し奥域感のあるリアルな素材で、不均一さが心地よく、素材毎に異なる魅力をもつのも特徴です。異なる素材をうまく組み合わせることで、素材の違いによる陰影が表現する深み(コク)のある空間をつくることができます。

また、ビニールクロスやビニールシートなどのデジタル素材を使って部屋をカラーコーディネートすると高彩度でわかりすいの空間になります。CGでつくった画像でも現実とイメージは近く一般の方にはわかりやすいとも言えます。一方自然素材は、カラーコーディネートをするという感覚とは異なり、素材が持つ特徴と魅力をいかに調和させるか?という視点でつくります。柔らかい素材、堅い素材、温かみのあるもの、ひんやりとするもの、荒々しいもの、繊細なものなど、素材そのものの魅力を活かすための場所と用途を導く行為です。

 この場合、CGでつくった画像では魅力は半分も伝わりません。

異なる素材と素材がつくる表情の違いと陰影が複雑性を持ち、人間の身体性を大いに喚起し、心地よさを与えてくれます。

 

② 「光」と「陰」の関係性

 高度成長期以降日本の家は、明るければ明るいほど良いとされてきました。現在でも主流は天井に丸いシーリングライトが1灯つける形式か、天井にダウンライトを均一に配置する形式のどちらかです。天井に配置され部屋の隅々まで均一に明るい照明の空間は、住宅においてゆったりと落ち着くという希望とは真逆の働きをします。住宅の照明計画が、昼間にアクティブになるためのオフィスの照明の取り方と同じ方法になることはありません。

 人は、不均一に明るいと落ち着きを感じます。つまり明るい所と暗いところを意図的につくるということです。すべて明るい均一な空間よりも、不均一で光と影を感じる空間が落つきをつくります。また、照明の位置も重要です。天井から照らされる強い明かりよりも、重心の低い位置から優しく照らしてくれる光は落ち着きます。

 異なる素材に光があたり乱反射し、幾筋の陰が出来る複雑性のある空間は、そこで過ごす人に深い落ち着きと感動を与えてくれます。

 

③ 「内部空間」と「外部空間」の関係性

内外をどのようにつなぐかが、その建物の個性となると言っても過言ではありません。そのぐらい窓周辺をどのように設計するかは大切です。

  窓から見える風景は、複雑性のある外部環境です。時を感じ、四季を感じ、豊かさを感じることができるのは、美しい外部の環境が感じられるからです。外部と内部をつなぐ装置である窓から見える風景は、遠くが見えればいいという程度ではなく、心を動かす様な風景が存在する所まで高める必要があります。同然見るべき風景が無いところに窓を配置するのは残念でしかありません。また、美しい風景を切り取る窓は、プラスチックの枠より木製の枠の方がより上質になります。「内部空間」と「外部空間」の関係性をうまく設計した建物はデジタル空間には、無い質量のある体験をいつも提供してくれます。

 

忘れ去られつつある身体性

 デジタルコンテンツの充実と普及により、質量のない体験でも満足出来る人が多く存在し、複雑性に価値を持たない人が増えているのも事実です。アートや芸術、自然素材など本質的な価値を持ったモノは、ごく限られた人だけの嗜好品になってしまい一般の人には必要とされなくなる事も十分考えられます。

 例えば、花の香りを例に取り上げてみましょう。雑味のある複雑な本物の花の香りよりも、シンプルな花の香料の方がいい匂いと感じる子供が多いという事実です。

 

身体的体験 と 理性的な言語

 忘れ去られつつある身体性を取り戻すもしくは知ってもらうには、身体性を伴い、質量があり複雑性のある体験の豊かさを伝える必要性があります。つまり、「体感する場」と「伝わる言葉の説明」が不可欠ということです。

上質な空間を解説付きで体感することで、感情や情感などの体験が言語とつながり深く理解することができます。このような意味で、完成見学会を活用することはとても重要です。しかし、上記の身体的な体験に関わる3つが希薄な家はリアルで見学会をするよりもデジタルでの見学で十分と言えます。一度体得した感覚は、時を経ても色褪せることはありません。空間の味わい方が分かれば次は解説なしでも深く感じることができます。身体性の伴う上質な体験の素晴らしさを伝え、共感を生むことが大切であるということです。

 

 

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