[第15回] 事業継承の手法と課題(2/2)工務店は誰のものか?

2022/03/0712:20162人が見ました

 SOLT.の青木隆行です。最初に少し宣伝を。チカラボの運営元でもある新建ハウジングさん主催で、私が監修する研修「三方よしの工務店経営実践塾」が開催されることになりました。

 それに伴って、オンラインのプレセミナーが3月31日に開催されます。どういった内容の研修になるのか、どういった工務店に参加してもらいたいか、そのねらいなど、新建ハウジングの三浦さんと一緒にお話しさせていただければと思っています。

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事業承継の判断軸を事前に持っておこう

 さて、前回は事業承継の方法とそのメリット・デメリットを説明いたしました。前回に引き続き、今回はさらに進んで地域工務店(非上場)の事業承継について、判断軸などより具体的に考察してみます。

 ここで必要な考え方は『誰のために、何のために、なぜ、どのように』を事前に決定しておくことです。

 まず、事業承継をする際には理由や課題があるはずです。

 中小企業の場合、リアルに言えば社長の高齢化や体調の問題、業績の問題、将来のためのより強い企業づくりなどが挙げられます。事業承継の手法はその理由や状況に応じた形で実施する事になります。

 そこで「誰のために(for WHO)、何のために(for WHAT)、なぜ(WHY)、どのように(HOW)」という目的を明確にして進める必要があるでしょう。例えば創業者利潤を得るためにM&Aをする、会社の長期的な経営戦略のための適任経営者に任せる、などでしょう。

 事業承継は企業の行く末を決める非常に大きな決断ですので、慎重な検討が必要になります。その分、現経営者は事業承継について、前もって一定の考えを持っておく必要があるのではないでしょうか。

 

地域工務店は誰のものか

 ここで少し考えてほしいのが、「地域工務店は誰のものか?」という話です。

 法律的には会社は株主が所有しているものであり、株主が承認した経営者が経営を行います。地域の中小工務店の多くはオーナー経営(株主=経営者)であり、この場合はオーナー経営者にすべての経営判断が委ねられることになっています。

 事業承継を考える際に「地域の工務店は誰のものか」という問いへの答えは持っておくべきだと考えています。まず地域工務店は地域の基幹産業である住宅産業を担っており、地域社会はもとよりお客様・協力業者・社員など多くのステークホルダーのご支援ご協力があって成り立っていることは皆様ご承知の通りで、改めて解説するまでもありません。

 これはつまり、地域工務店の経営者はステークホルダーが将来より良い状態になる事を考える責任があると思います。いわゆる株主資本主義的な考え方(企業は株主のもの)ではなく、ステークホルダー資本主義的観点から物事を考えると、社会の公器としてその将来を見据えた最適の経営判断が必要になってくるでしょう。

 

自分はどう考えたのか

 それでは、実際に地域工務店を譲渡した私自身がどう考えたのかをひとつの事例としてお伝えします。

 私の場合は29歳で先代から事業承継をし、47歳という比較的若い年齢で事業譲渡を行いました。まず承継時。業績が悪化の一途をたどる中で突発的に、入社3年目での事業承継でしたので、周囲も相当驚いたと思いますが、その時は「家=企業」的な色彩も強く、商売繁盛が親孝行であると思い経営を行い、何とか持ち直すことが出来ました。

 その後、工務店経営17年間で業績も伸び、県内でも5指に入るほどの工務店組織になっていきましたが、ここで工務店経営者としてM&Aによる事業譲渡を判断しました。

 その判断理由としては、

 社員が離職せずに安心して働くには

 ②お客様が中長期的に安心してくださるためには

 ③協力業者がしっかり仕事を確保していくには

 ④家族が幸せに生きていくためには

 ⑤経営者としての資質の限界とリスタート

 以上5要素を中心に、総合的に判断して考えました。

 端的に言えば、自分が思い描いた地域工務店の経営ビジョンを叶えられる状態にするために、家づくりの価値観・経営者としての考え方が共有できる企業へ事業譲渡を行ったのです。

 きれい事のように聞こえるかもしれませんのでよりリアルに書くと、将来の住宅着工減に備えた体制づくりや人財確保などを勘案し今のスピード、かつ経営者が私であるよりはよりしっかりした企業グループに参画させて頂いた方が良いと判断したという事でした。この判断基準で言うと、社員や子供に承継するという考えにはならず、ステークホルダーとの共存共栄を目指した企業としての可能性を優先した形になりました。

 

事業承継戦略は現状を考慮すれば不可欠

 住宅業界は縮小市場のなかにある成熟衰退産業です。全国の住宅着工棟数は2030年には65万戸(現在から20万戸)の予想です。これは全国の平均値ですので、都道府県ごと、市町村ごとに減少の幅は違います。この計算根拠は人口動態です。人口動態は移民の受け入れなどがない限り改善する事はありません。

 また工務店は他の業態と比べ寡占化が進んでいません。それがゆえにいまも多くの地域工務店(推2~3万社)が各地域で経営を出来ています(年に5棟以上の元気な工務店はその3分の1ほどだと推定します)。

 住宅着工棟数の減少に加え、人財確保がさらに困難な状況になるでしょうし、法規制も厳格化が予想されていますので、経営難易度はどんどん上がっていくでしょう。このような状況のなかで、改めて経営戦略を見直すときに、事業承継についてもセットで考えておくことは正常な経営の選択肢として必要不可欠です。

 中小オーナー企業ではオーソドックスともいえる親族による事業承継だけでなく、社員やプロ経営者による事業承継も考えられます。また事業規模が大きくなっている場合はその権限や責任を分担するために分社化をする事や、将来の経営と資本の分離を見据えたホールディングス化を図る事も戦略の一つになるでしょう。

 M&Aによって不足しているリソースを補完し経営を一本化するという選択もあります。さらに進んで価値観の近い地域工務店同士で合併し上場をするという可能性もあるでしょう。合併まで行かずとも、限られたリソースを共有するためにまずは設計業務や現場管理業務など限定された領域での業務提携を図るという選択もあるはずです。

 

バトンの渡し方にも事業の繁栄と未来が掛かっている

 いずれにせよ、地域工務店の経営者が事業承継も含めた会社の未来についてどう経営するかは、一企業としてだけでなくステークホルダーとしても大変重要なことです。

 事業承継の方法には、先ほどの選択肢をまとめると、親族に継がせる 社員やプロ経営者に継がせる ③MAをする 上場する、などの手法がメインですが、将来が現経営者に委ねられているなかで、何を判断軸(誰のために、何のために、なぜ)としてどのように進めていくのかを前もって検討しておく事は非常に重要であることが分かって頂けたと思います。

 そしてバトンの渡し方としては、例えば社会の公器としての事業の繁栄を優先させるのか、株主の利益を確保するのか、またはその両方を実現するのかなどをよく検討する必要があります。いずれにしても事業の発展が株主を含めたステークホルダーに良い結果をもたらす事になりますので、長期的・本質的・客観的・総合的な判断が求められるのではないでしょうか。

 

 以前、尊敬する先輩経営者から『過去に畏敬、現在に感謝、未来に責任』(元タナベ経営副社長・竹原義郎先生のお言葉)と教えて頂いたことがあります。中小企業経営者であればあるほど、バトンを渡す側が受け取る側の事を考えて、現経営者が事業承継について責任をもつ事が重要であると考えます。

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