[第22回]地域工務店の経営戦略の実例⑧『採用』
SOLT.の青木隆行です。コロナ禍が長く続き経済活動に影響を及ぼすなか、2023年がはじまりました。2022年ロシアのウクライナ侵攻や東アジア情勢の不安定に加え円安など、時代の不確実性も増してきているように思えます。住宅業界では、ウッドショックにはじまった材料高が設備機器など様々なものへ波及し、坪単価で15万円程度、平均単価で350~500万円ほどUPしていると思われます。コロナ禍におけるコストプッシュ型のインフレに直面した工務店の多くは契約と工事期間のズレなどから十分な価格転嫁ができず、結果的に粗利率低下の要因となってきました。
今回のテーマはそれらに輪をかけて進む建設業界での深刻な人手不足です。工務店にとって採用コストが高止まりしている状況も見受けられます。今後はあわせて人不足から発生する様々な問題にも直面することになり、外部環境・内部環境共に中小企業の経営はさらに厳しさを増していくと思われます。
→【前回】[第21回]工務店経営実践「利益確保」
まずは経営者のマインドチェンジ。出来なければ経営者のチェンジ。
人材難の時代における人材採用は、まずは経営者が既成概念を拭い去る事からはじまるでしょう。
いまでも『人は辞めても入ってくる』『採用コストは出来るだけ少なく』と考えておられる経営者がまだいらっしゃるように思います。まずこの考え方から脱却し『将来財産になり得る人を採用する』『一度採用した人財は出来るだけ長く勤めてもらう』という目標にコミットする必要があるでしょう。
少し大げさに言うと昭和的思想の経営者はいまだに封建制度における将軍と御家人の『御恩と奉公』状態を望んでいるようにすら思います。時代は変わりいまは理念へのコミットやビジョンを指し示す事によって経営者と人、企業と人の意義を重視する形になっています。
まだ根底に経営者は偉いという感覚を持っていると裸の王様になりかねません。まずは経営者が理念にコミットしマインドチェンジ・行動変容を進めていきましょう。もしもこれが出来なければ経営者を後継者に譲るくらいの覚悟が必要だと思います。
『将来財産になり得る人を採用する』経営
現在、国内の採用市場は新卒市場と中途市場の2つに大きく分類されています。この2つはアプローチも大きく違うのですが根本は同じで、会社の目的を明確化する事からはじまります。つまり理念(ミッション・ビジョン・バリュー)を明確にしてトップ自らがこれを採用したい人に伝えていく事で、自社の理念と価値観が共有できる優秀な人財を採用できる可能性が上がります。
たとえば就職フェアなどに出展する際には、社長自らマイクを手に持ち街頭活動のように本気で求職者に訴えかけることができれば、多くの人の心に響くでしょう。また、理念をブランディングにまで落し込みCI・VI・MI・BI(下図)といった形でひろく一般に見せておく事で、一般の顧客だけではなく就職を希望する人にも良い効果が得られるでしょう。
採用は対象を変えたプロモーション活動です。原則として求職者が企業情報に対してのタッチポイントを増やす事が重要ですので、その際に得られる情報をいかに良質なものにしておくか、またどんな職種や考え方の人を何人募集して、それに対してプロモーション費をケチらずいくらお金を掛けるのかを明確にしておく必要があるでしょう。
ちなみに、リクルート「就職白書2020」によると、2019年度の採用単価は新卒採用が93,6万円、中途採用は103,3万円で、18年度の平均採用単価(新卒採用71.5万円、中途採用83.0万円)と比べると増加傾向にあります。会社の規模によっても採用コストは変わってきますが、『将来財産になり得る人を採用する』には、各社このくらいは考えておかなければいけないという指標になります。
『一度採用した人財は出来るだけ長く勤めてもらう』経営
工務店の業界特性上、会社の方針をよく理解した社員の勤続年数が長いほどOB施主や取引業者との人脈が作りやすく、決算書には載ってこない『見えざる資産』が蓄積されます。これは私自身の工務店経営者時代のしくじり話でもありますが、ストイックに理念を追究するがあまり指導が厳しくなったり、いつまでも社員のミスを引きずってしまいモチベーションを落とすような雰囲気にしてしまうのは逆効果です。社員は経営者の鏡、つまり理念とはずれた行動を引き起こしているのは往々にして経営者自身ですので、他責にせずいかに自責で会社を経営していくかがポイントです。勤続年数の長い社員が増えていくかどうかは経営者自身の行動にかかっていると考えることが重要でしょう。
そのために、ひとたび採用をした社員とはコミュニケーションの機会を増やしつつも簡潔で明瞭なアプローチをしていく事が望ましいです。非常に難易度が高いですが、会社の目的を達成するために社員の皆さんに働き甲斐・やり甲斐をもってもらうような言行一致が必要になります。まず社長が理念に忠実であり、その姿を見た社員が入社時の初心を忘れずにしっかり働くことが出来るのではないでしょうか。
具体的には定期的な1on1ミーティングによるスキルアップや価値観及び意見の擦り合わせ、会社のビジョン・戦略についての情報共有、そして何よりも業績を安定させ充分な報酬を出し続ける事が必要となるでしょう。この意味でも企業のブランディングや業績確保は大変重要な要素となります。
スキルか価値観か
どの業界でもそうですが、新卒採用を行ったとしても注文住宅の場合は職種(営業・設計・IC・工務)を問わず一人前になるには最低でも3年程度の期間がかかります。また育成のためのコストもかかってきます。すぐに成果が上がらないので、じっくり育てていけるだけの業績と育成環境が必要になります。ベテラン社員から見ると負担のように見えるかも知れませんが、次世代を担う若い力をつけていく事が会社全体の活力につながり、やがてベテラン社員のやり甲斐や環境改善にもつながる事を理解してもらう事が必要です。
そのためには新卒・中途を問わず共通した価値観(=理念)に沿った採用をしていく事が必須です。つまり入り口の採用時に共通の価値観を共有できるか(誰をバスに乗せるか)で経営理念に沿った採用を行う事が大前提なのです。
人材マネジメントにおいて『スキルか価値観か』という観点から、理念に共感していなくてもスキルがあれば業績に貢献してくれるのではないかという考え方がありますが、まず自社の理念に共感していない人は採用しないというところが大切です。人不足の時代ですが、長期的・本質的な観点から腰を据えて採用を行っていくこと、その前に理念から全体的な戦略を見直していく事が大切でしょう。
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