[第25回] 地域工務店の経営戦略の実例⑪ 『報酬』

2023/05/1107:4982人が見ました

 SOLT.の青木隆行です。この数回にわたって工務店における人材マネジメントについて解説しています。

 一般的に人材マネジメントの要素として、「採用」「育成」「評価」「報酬」「配置・異動」「休職・復職」の6つの要素があると言われています。前回までに採用と育成、評価について解説してきました。

 今回は報酬についてお伝えします。

 

報酬は社員の帰属意識に関わる重大要素

 企業側は社員を採用・育成しつつ、定期的に評価基準に照らし評価を行い、その結果スキルや業績に応じた給与を報酬として支給し、または各種福利厚生サービスを受けられるようにします。適正な評価によって、それに応じた報酬を得ることができる仕組みがあると、社員のモチベーション・エンゲージメントに良い影響がでることになります。逆に適正な報酬が支払われていない状態では社員の士気は下がり続け、離職につながってしまいます。

 前提として経営理念を軸とした採用に加え、より具体的な育成方針をもちそれを経営層がしっかり関与しながら進めること、また何をすれば評価を得られるのかという評価基準を明確にする事が人材マネジメントで会社を成功に導くステップと言えます(これまでの解説を是非参考にしてください)。そして、その評価に応じた報酬を手にすることができればモチベーションも上がり、帰属意識も高まるという形です。

 そのためには自社のなりたい姿に適した人材マネジメントの基本型をつくる事が欠かせません。変革期であれば微細なところまで決めていなくても大方針を示して進めていく事が先決でしょう。もちろん作っただけでなく腰を据えて運用する必要もありますので、業績の確保と共に外部の力も借りながら着実になりたい姿に向かう事が望まれます。

 

地域工務店における報酬体系の実情(職種別)

 さて、地域工務店における報酬体系は業績や考え方に応じて大きく違いがありますが、大きくは年功序列に近い安定経営型と業績連動型の2つに大別されます。

まず全体的に見ると給与体系の基本形は、

基本給+職能給+各種手当・インセンティブ

のようになっています。

基本給:残業手当・通勤手当・役職手当などの各種手当や、インセンティブのように業績に応じて支給される給与などを除いた基本賃金です。

職能給:個人の職務遂行能力を基準とした賃金制度のこと。評価基準としては、職務に対する知識・経験・技能・資格に加え、リーダーシップやコミュニケーション能力、ストレス耐性といった「ヒューマンスキル」となります。職能給は過去のキャリアや役職、また勤続年数を基に判断されます。人材マネジメントにおける評価はここで報酬に反映されると考えています。

・各種手当/インセンティブ:通勤手当や家族手当といった福利厚生面的要素の強い手当、また業績連動のインセンティブ手当があります。職種によって手当も違う工務店が多いのが特徴です。

 

 そして工務店では、職種別に見ると主に営業職と技術職があり、それぞれの給与体系は下記のようになっているケースが多いです。

 

営業職のケース

営業職:大きく分けて2つのパターン。まずチームワーク重視の安定経営を推進している工務店に多いのは、個人の給与を業績に大きく影響させない給与体系です。あまりに業績重視になってしまうと社員の収入が大きく上下してしまいお金重視の営業活動になるなどの理由から、月々の給与は安定していて良い業績が出た際には賞与で支給するというケースがあります。

 逆に営業スキルの高い社員を集めて成長戦略を描いている場合は業績連動型の給与体系になっています。この場合、基本給は低く、契約や引渡し時にインセンティブ給を支給しています。個人の給与へダイレクトに反映されますので担当する顧客の振り分けや営業部としての協力関係について明確にしておかないと、チームワークに乱れが生じる可能性があります。他方、この中間(例えばインセンティブがあっても1棟当たり数万円)などの給与体系を取っているケースも見受けられます。また手当面では車両借上げ制度を使い月々のガソリン代と共に支給しているケースも多く見ます。

 ちなみに私の一人前のプレーヤーとしての基準は『年間受注高2億円・粗利30%を3年以上継続』した場合としていました。1棟に対して4人が担当する形ですと一人当たり売上5000万円、粗利で1500万円となります。会社単位で考えると役員はじめ人事経理などの人員もいますので、1プレーヤーとして考えた場合の一人前がざっくりこの基準でした(もちろん工務店としてのマーケティング・ブランディングに充てる予算も明確に考えてのうえです)。今後はインサイドセールスを担当するデジタル営業人材の給与設定などもしっかり検討した方が良いでしょう。

 営業職の各階級別の年収はヒアリングベースで下記のような形が主流です。

 ・営業マネージャー層:650~1000万円超(1000万円超のケースは少ない)

 ・中間管理職層:450~700万円

 ・若手営業:300~500万円

 

技術職のケース

技術職:基本的には営業職のように受注や引渡しに際してインセンティブがつくことがあまりないのが技術職です。業績に左右されないというメリットはありますが、骨折り損になっているケースもあります。本来は設計・インテリアコーディネーター(以下IC)・現場監督が顧客満足度を上げているケースもあるのですが、それが評価されていない面もあるのではないでしょうか。ある工務店では、適正粗利で完工引渡しをした場合には、担当者全員にインセンティブを支給しています。

 評価軸を見ていきましょう。技術職に必須なのは資格です。建築士や施工管理技士などの建築に関わる資格が不可欠でしょう。設計職は営業設計と実施設計に分かれますが、この2つは似て非なるものです。受注重視という観点では実施設計を基礎編、営業設計は花形とも言えます。各種申請や役所手続きを内製化する場合や積算についてエキスパートも必要ですので、社内の評価軸は明確にしておくべきでしょう。

 ICは比較的育成がしやすい職種ではありますが、顧客コミュニケーション及び仕様仕上げの決定など設計サポート的業務を考えると割に合わない給与体系の工務店が多いように感じています。スキルの高いICさんは冴えない営業マンよりも評価が上でもおかしくないと個人的には思います。またIC不要論も根強くありますが、CS向上やミス・トラブル防止を考慮すると必要だと考えています。

 現場監督に関しては、今や建築業界の希少種としてプレミア感さえあります。人材紹介会社によってはスキル関係なく800万円スタートといったケースも見受けられます。しかし実際に働いておられる方はそこまでの報酬はもらっていないのが実情です。現場監督は工務店が一番獲得したい職種ですので、今後人材の流動化がさらに進むと現場監督の報酬は上がっていくと思われます。これらも踏まえ、業績や現場管理の範囲・内容によりますが、現場監督の給与ベースはあがりますが一方でどれだけ手の込んだ住宅でも年間8棟程度は現場管理しないと採算が合わないのではないでしょうか。もちろん、現場管理の効率化による生産性向上という本質的な問題を解決する事もとても重要です。

 技術職全体の特徴としては、住宅を設計し現場管理していく「仕事」に興味がある傾向が強く、社内で後進の技術職を育て上げていくといった「人材育成」に興味のある方は比較的少ないように感じます。ここは評価基準として特に明確にしておく必要があるでしょう。こちらもヒアリングベースですが各職種及び階級での年収は下記のような形が主流です。

・設計:若手・中間層:300~500万円、マネージャー層:450~700万円

IC:若手・中間層:300~400万円、マネージャー層:400~500万円

・現場管理:若手・中間層:300~600万円、マネージャー層:450~700万円

 

 報酬に関しては、基準の一つとして『30代で充分に自社の家を建てられる位の報酬』を目指すなど、一言集約で分かりやすく伝えるのが良いと思います。

 他方、『2024年問題』を控えて『残業』の考え方を明確にしておく必要もあります。工務店業界はいまだにサービス残業がはびこっています。お客様の休みにあわせて自分の休日に出社したり、作図が間に合わず夜遅くまで仕事をしているケースは未だに見られます。

 残業に関しては、残業申請を行い上司の承認を得て行うなど、明確なルールを設ける事が必要です。できればアプリなどを導入して管理するべきでしょう。同時に管理者は各スタッフの業務進捗状況を細かくチェックして仕事の納期から逆算した業務管理を進めていく事が求められます。プレイングマネージャーの場合は自身の実務の時間と部下の育成や業務管理の時間を明確に分けて、自身の生産性向上と組織の健全化を同時に図っていく事を目標の一つとして進めていく事をお薦めします。

 

 

社会構造がもたらす報酬への影響

 ところで、このところ顕在化してきた物価上昇は第2次石油危機以来、40ぶりに一定期間にわたって企業物価指数の上昇率が消費者物価上昇率を大幅に上回る可能性があります。いまのようなコストプッシュ型のインフレはほぼ初めての経験であり、これに直面している多くの工務店は価格転嫁ができておらず、収益性を悪化させているケースもかなり多くあります。そしてそれは賃金にも悪影響を及ぼしていると思われます。

 このままやせ我慢をしてしまうと企業の収益が下がり、給与は上がらない(むしろ下がる)という悪循環が生まれる可能性があります。人不足に加え物価上昇が報酬UPに対する阻害要因となるのです。一方で、建設業の慢性的な労働生産性の低さも考えものでしょう。国際的にみても2021年の日本の労働生産性はOECD加盟38国中29位となっており、ついに韓国やトルコよりも低くなってしまいました。そんな日本国内の建設業の労働生産性(実質国内総生産額/(就業者数×1人当たり年間総労働時間)で算出)は3008円。2002年時点で2760円ですので大きな改善はありません。

 ちなみに2019年全生産業の平均値は4799円で、最も労働生産性が高いのは「金融・保険業」の7798円、建設業の労働生産性は、宿泊・飲食サービス業(2555円)の次に低く、建設業の労働生産性の向上は大きな課題です。

 

※グラフは公益財団法人 日本生産性本部レポート参照(国際的に見た日本の一人当たり労働生産性)

 

企業は一円でも多く給与を払うという姿勢をもとう

  人材マネジメントの観点からは少し外れてしまいますが、人不足・物価高・企業の収益性確保という社会情勢の変化や将来の経営を考えると、自社の経営理念に共感した社員を採用し、生産性を向上させ(マーケティング・ブランディング・業務効率化)、最低でも営業利益率5%以上の収益性を確保する事で、働いてくれる人に一円でも多く給与を払えるような会社づくりが必須であるという事になります。

 経営学者・坂本光司氏は「人件費を払うことを経営の目的にせよ」また「賃金は年齢の15倍に。社長は社員の5倍まで」と言われています。「そんなことをしたら会社の収益性が削がれてしまう」と考えた経営者もおられると思いますが、ここは発想を逆転させ、それくらいの給与を支払えるような生産性の高い会社づくり、人材マネジメントが急務だと考えるべきではないでしょうか。

 

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