スマホ禁止 −放浪の旅の大工

2020/05/0207:17329人が見ました

「我々旅職人は、インターネットができる端末を持ち歩くことが禁止されているんだよ」

私は、2019年秋から日本のいくつかの工務店で短期の仕事をする予定のドイツの旅職人6人の来日前の準備サポートをしました。コミュニケーションを円滑に迅速にするために、できれば携帯電話の番号を教えて欲しい、とメールでお願いした私に、一人の旅職人が上記の回答をくれました。彼らと私のコミュニケーションはもっぱらメール。彼らは、旅先や職場で、誰かに端末やコンピューターを借りるなどして私と交信していたのでした。

中央ヨーロッパには、職人の世界で中世の頃から続く「放浪の旅」の伝統があります。企業と学校がタイアップする3年間の実践的な職業養成システムで「ゲツェレ(職人)」の称号を得た職人さんが、3年+1日間、旅をしながら各地の現場で仕事をし、自分の住む場所とは異なる考え方や技術、文化を学びます。現在でも、大工職を中心に、推定600人が放浪の旅をしています。他の大陸やアジア、中東に出かける職人さんもいます。

旅職人の世界には、伝統的な作業着を着用すること、移動は基本的に徒歩かヒッチハイク、クリスマス以外は故郷の50圏内には戻ってきてはいけない、などのしきたりがあります。苦労をして旅をすること、見知らぬ人とコミュニケーションをすることで、人間性を磨くことも放浪の旅の目的であるからです。

私は、そのような旅職人さんも、スマホは持っているだろうと思い込んでいましたが、冒頭のようにそれが禁止されていることがわかりました。確かに、インターネットが絶えずできる環境だと、いろいろなことが「簡単」に「素早く」できてしまいます。人と直接コミュニケーションを取る機会も減ってしまいます。自分を鍛える機会が減ってしまいます。

私は、特に仕事でインターネットを享受している者です。インターネットがなかったら、2003年に独立してドイツで現在のような仕事をすることはできていないでしょうし、スマホが普及してからは、さらに情報の速さと量が増加しました。

しかし私が岩手大の学生だった90年代はじめは、電話かファックの世界。みんな、話すこと、伝えること、仕事や遊びのプランなど、事前によく吟味して、コミュニケーションをしていたと思います。現在のように、「近くなってからラインかメッセンジャーで連絡を取り合いましょう」といった安全パイはありませんでした。一つ一つのコミュニケーションの精度と配慮の幅、事前の熟考の度合いは、以前のほうが遥かに高かったと思います。旅職人さんとの交流で、大切なことを思い出しました。

 

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