ブランドの種(シード)をどう育てるか。その手がかりは「顧客志向」にあります。「お客様を喜ばせたい」という一見まっとうな目的の裏には、間違いが潜んでいます。
●ユーザー「を」喜ばせるサービスをしよう。
●ユーザー「が」喜ぶサービスをしよう。
この2つは同じようですが、似て非なるものです。一般的な企業において顧客志向といわれているサービスの多くが、前者のユーザー「を」喜ばせようとするものになっています。日本語としては何も間違っていません。しかし、これは誤りを招きやすい表現です。我々がプロとして考えるべきは、最終的にユーザー「が」喜ぶサービスです。
「目の前のユーザーが喜んでいる」という現象が一見同じなので混同しがちですが、この2つはスタート地点が異なります。この差が結構大きいのです。
手っ取り早く喜ばせるなら
そもそも、家づくりという重大な決定をするときにはじっくりとスロー思考であるべきなのに、多くのユーザーは反射的なファスト思考で判断してしまいがちです。そのような状況下でユーザーを手っ取り早く喜ばせるにはどうしたらいいでしょうか。
一番簡単なのは、商品をいじらずに価格を下げることです。もしくは、必要な品質まで削ってしまう。多くの会社がこれを行います。確かに一時的にはユーザーを喜ばせることができます。契約も取りやすいでしょう。
スロー思考で考えて
一方、ロングスパンでユーザーのためになると自分たちが信じているものを皆でつくろうとがんばっている工務店の場合は、価格も品質も簡単には落とせません。信念を曲げることになるからです。
つまり、建築のプロとしての信念(=原因)がまずあり、ユーザーはその信念の通った商品の価値を認め、商品を使ってその良さを実感したときに喜び(=結果)が生まれるわけです。これがユーザー「が」喜ぶサービスです。
対して、ユーザー「を」喜ばせようとすると、「どうやって」の部分を建築の素人である相手に任せることになってしまいます。こんなふうに、ユーザーの喜びを目的にすると、つくり手・ユーザー双方がファスト思考で動かざるを得なくなるのです。
すべてのユーザーにスロー思考を求めるのは難しいことですが、少なくともつくり手がスロー思考でユーザーを説得できたなら、お互いに真の利益を得ることができるでしょう。
信念がなければブランドにはなり得ない
そもそもつくり手に信念があるのかないのか。それこそ、その会社がブランドであるか否かの境目なのです。ブランドを売るということは、相手が誰でもいいわけではありません。あくまで自らの信念の延長線上で喜んでくれるユーザーを選んで、取引をするということです。とにかく目の前のユーザーを喜ばせることを目的にしてしまうと、信念が曲がり、目的を見失います。
実感として申し上げますが、値引きしてもらったユーザーは、何年か後にそのことをきれいさっぱり忘れています。少なくともそのことを「恩義」とは捉えていません。自分がスマートな取引をしたから安く買えたのであって、値引きも自分の得点なのです。
一方、かつて高性能住宅が一般的ではない時代に「だまされたと思って」と高気密・高断熱住宅の建築を説得したお客様がいますが、いまだに「あの時だまされて良かった」と笑ってくれます。また、値引きはせず、欲しがっていたものをサービス工事としてプレゼントしたお客様は、何年経っても「あの時お宅の会社がつくってくれた」と感謝してくれます。私はこれが正しい顧客志向だと思っています。
顧客志向は信念の延長線上にある
ユーザー「が」喜ぶ、真の顧客志向に徹すること。それは必ず自らの信念の延長線上でのサービスを行うことです。それが結果的にユーザーにもつくり手にも心からの喜びをもたらします。あなたの信念を曲げてのサービスは、後々どちらにも後悔を生みます。
目的を定め、商品をつくり、それを支える仕組みを構築する。そして、そのことを社内にも社外にも、頭からしっぽまで徹底して伝えて実行する。すると信念がリアルに形を成して、あなたの会社はブランドになります。
ユーザー利益に通じる商品をプロダクトアウトで
仕組みをきちんと構築することで、継続してユーザーにベネフィット(便益)を提供することができます。工務店もメーカーも職人も、関わる人が誰も損をしない仕組みをつくってユーザーに結果を提供するにはどうしたらよいでしょうか。
そのための理論が「サプライチェーンマネジメント」です。
ブランドの価値は、ユーザーにどれだけベネフィットを提供できるかで決まります。目的を定め、ユーザー「が」喜ぶサービスを行うことはすなわち、商品を「プロダクトアウト」でつくるということです。
建築の分野では、ニーズを汲み取って商品を考えるのはプロの仕事です。ユーザーの言いなりの安直な「マーケットイン」は、良い結果を生みません。ただし、プロダクトアウトでつくるのが正解だとしても、その商品が独りよがりでないかはよくよく検討すべきです。
顧客志向のものづくりとは、自分たちのつくる商品がユーザーのベネフィットに通じる道を探すことと同義だと言えます。自分たちのサービス、商品は、ユーザーにとって本当に価値があるのか。それを考え尽くしましょう。